第21話 花火大会 1

 駅のオブジェの前で一人そわそわする俺。

 夕日も沈み、普段はあまり聞くことはない下駄の音があちらこちらで鳴っている。

 そろそろ来るはずなんだが……。

 あの後話を聞いたところ、神代はやはりテストを欠点ギリギリの四十四点で乗り越えることができ、無事に補講を免れることができたらしい。

 そして、今日行われる花火大会に行くため、商店街の先にある駅で待ち合わせということになっている。


「先輩~おつで~す」


 いつもの聞きなれているセリフが耳に入り、視線を声のする方へやると浴衣姿の神代がいた。


「どうですか? 今日のわ・た・し~?」


 頬に手を当て、わざとらしくいい女アピールをする神代。

 その仕草には少々呆れてしまうが、正直に言うと、いつもと違う彼女の姿に俺は動揺していた。

 浴衣は白を基調とし、所々に水色の花が咲いている。髪は丁寧に後ろで括られ、上品さを演出していた。

 いつもの元気はつらつな彼女とはまた一味違う清楚な雰囲気が醸し出され、思わず魅入ってしまいそうになる。


「ま、その……いいんじゃないか?」

「えへへ……何だか褒められるとは思ってませんでした。少し照れますね~」


 そう言うとトントンと神代は俺の肩を軽く叩いた。


「先輩も……かっこいいですよ」

「そっ、そうか?」

「浴衣が」


 でしょうね!!!!


「あはは、そんな悔しそうな顔しないで下さいよ~!」

「ほんっとなぁ……」

「冗談ですって! 先輩もその……かっこいいですよ」

「そ……そうか。……あざす」


 お世辞だとは分かってはいるが、そんなことを言われると調子に乗ってしまうのが男子というものだ。

 ほんと男ってちょれえな。


「じゃ……行くか」

「はい!」


 恥ずかしさを振り切るように、駅へと向かい始める。

 後にはカポンカポンと下駄の音が楽し気に響いた。


***


 大会の会場へは電車で一時間ほどで着く。電車の中は花火大会へと向かう人達で混んでいて、つり革も余っているところがあまりない。

 横に立っている神代は残っている背の高い方のつり革をう~! っと背伸びしながら掴んでいる。可愛いなおい。


「神代、あれだったら俺の袖掴んでても良いぞ」

「……そうですね。ありがとうございます……ってうわっ」


 そっとつり革から手を離し、俺の袖を掴もうとする神代だったが、運悪くぐらりと電車が揺れる。下駄を履いているせいもあってヨロヨロ体制を崩しかける神代。


 ――ッ!


 間一髪こちらに抱き寄せることで何とか転ばずに済んだ。


「……あっぶねぇな」

「……す、すいません。……えへへ」

「足ひねったりしてないか?」

「そこまでどんくさくはありませんっ」


 ほんと気が休まらないなぁ……。さて、到着まであと何駅だろうか。

 俺が社内を見渡していると、ツンツンと肩のあたりを叩かれた。


「あの……先輩」

「ん、なんだ?」

「その……もう大丈夫なんで……」

「……えっ? あ」


 何のことか分からず五秒ほど間が開く。

 気づかず、ずっと抱き寄せたままだったらしい。


「わっ、わり」


 光の速さで手を離す。あ、もうこれいつものパターンだわ……。


「い、いやぁ~びっくりしましたよ。社交ダンスでも始まるのかと私思いました」

「あーもう……分かった。分かったから、からかうの止めてくれ……」


 恥ずかしくなり、思わず俺は目線を反らす。

 あ~あっつ。ほんとここの室内マジ暑いわ~冷房効いてないんじゃないの……? なんて。

 それにしても……さっき一瞬、神代の顔が赤くなったように見えたが……いや、気のせいだな。きっと。


***


「とーうちゃーく!!」


 ぴょんと神代がその場で跳ねる。

 会場の周りには多くの人で賑わい、あちらこちらで屋台の出し物が行われていた。

 俺もまだまだ子どもなのだろうか、こういう非日常の風景は俺も神代と同じくワクワクしてしまう。


「先輩! 先輩! どこ行きましょうか! あっあそこに焼きそばありますよ!こっちには卵せんべいも! でも、やっぱり最初はリンゴ飴ですかね~!」

「そうだな……せっかくだし、俺も何か祭りっぽいものは食べたいな」

「じゃあ、リンゴ飴にしましょう!」

「おし、じゃあぶらぶら回るか」


 そうして少し歩いたところ、リンゴ飴を売っている店を発見し、二つ程購入した。

 一つを神代に渡し、ペロっと舐めると甘い砂糖の味が舌に伝わる。


「やっぱ祭りと言えばこれですよ~」

「異議なし」


 二人してリンゴ飴をかじっていると、神代がはっと何かを見つけたようだった。


「あっ、あそこにお面あります!」

「そりゃあ……まぁあるだろお面くらい」

「ただのお面じゃありません! 見てください!」


 よーく目を凝らすと見慣れたキャラクターが。そうノケモンである。

 

「神代、本当にノケモン好きだよな」

「ふっふっふ……私のノケモン愛は凄いですよ! 先輩もすぐにノケモン沼に引きずり込んでやります……」

「なんか怖いんだが……」


 そう言い残し、神代はお面を二つ購入すると、一つ俺に差し出してきた。頭につけろと言う意味らしい。まじか。


「なんか高校生にもなってつけるのは少し恥ずかしいな……」

「そうですか? テーマパークとかでキャラクターのカチューシャする感じと一緒ですよ」


 あー確かに。そう言われるとなんかあまり恥ずかしさは感じないかも。

 

「ま、でもなんかこうもお揃いだとカップルみたいですね~! ……なんて」

「今の一言で余計につけるの恥ずかしくなってきたんだが……」


 そんなこと言われたら嫌でも気になるでしょうが……。

 流石に神代も今の発言には少し恥ずかしかったようで、パチンと話を切るように手を鳴らす。


「あっ! せっ、せっかくだし写真撮りませんか!」

「そ、そうだな」


 すると、神代は巾着からスマホを取り出し、撮影の準備をし始めた。

 画面内に入るようにぐっと二人の距離が近くなる。平常心平常心……。


「はい! チーズ!」


 パシャリと効果音の後に、画面に撮った写真が映し出された。


「お、良い写真ですね。夏っぽい!」


 そう言いながらスマホを見せる神代。確かに夏らしさを存分に感じるいい写真だ。……それに俺こんなに笑えるんだな。


「後で俺の方にも送っといてくれないか?」

「当たり前じゃないですか~」


 にっこりとほほ笑む神代に俺も釣られて笑う。

 いつかこの夏を振り返った時、とても懐かしく、そしてちょっぴり切ない気持ちになるのだろう。そんな予感がした。


「あと、SNS用にちょっと周りの風景も撮って良いですかね?」

「あぁ、全然構わんが」


 俺がそう言うと、神代はパシャパシャと周りのを撮り始めた。

 二三回シャッターの音が聞こえたころだろうか。


「あれ? あの子」

「ん? どうした?」

「いや、あそこにいる子なんか迷子っぽくないですか?」


 神代の指さす方を見てみると、確かに幼稚園児ぐらいの男の子が一人不安げな様子で辺りをきょろきょろと見渡していた。

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