第9話 NGシーン

「先輩……来週の花火……、一緒に行きませんか?」


 その言葉の後、神代は袖を掴んだままずっと俯いていた。掴む指は微かに震えているように見えた。

 いやいや、何ドキドキしているんだ俺。

 どうせ神代の事だ。

『あれれ~! 私花火に誘っただけなのにその先の先のことまで想像してたんですか~? 先輩ってピュアピュアでちゅねぇ~!』とか言われるに……。


「……行って……くれないんですか?」


 いつもとは違う雰囲気。

 再び上目づかいで俺の目を見つめる神代。

 ……え? ガチ? 今回ガチ?

 え、何この生き物。急に甘えてくるとかずる過ぎない!?


「……まぁ、来週は空いてるし。構わんが」

「……そうですか。やった」


 ふふっと笑う神代。なんだその笑顔反則過ぎないか。

 少しの沈黙が続く。

 何か話さないと……と思ったが話題が頭のタンスから出てこない。

 そうこうしていると先に口を開いたのは神代だった。


「先輩」

「……なんだよ」

「実はですねぇ……今の、先週のドラマのシーンを再現してみたんですけれど、何点ですか?」


 あ、僕この顔知ってる! いつもの神代だ!


 ……はぁ~ですよね~!!! DESUYONE~!!!


 「……百二十点だよ!!」


***


 あっつぶなあああああ!!!! 最後の一言が無かったらもう今日、私恥ずかしくてバイトいけなかったんだけれど! まったくらしくもないことを〜!


 放課後、ドタバタと教室の椅子に座りながら、地団駄する私。

 昨日のあれはいつ花火に誘うべきかタイミングをつかみ損ねている内に、疲れているせいもあってなんか出ちゃったの! ポロリと出ちゃったの! って誰に言ってんだ私!

 ほんと何とか最後ドラマのせいにしたけど、全然私昨日バラエティ見てたし! 相席の食堂のやつでゲラゲラ笑ってたし!


『……その……ご褒美……欲しいです』


『先輩……来週の花火……、一緒に行きませんか?』


 ぷしゅうと効果音が出そうなくらい恥ずかしくなり、パタパタと手で仰ぐ。やかんならピーっと鳴ってるに違いない。

 いつもみたいに『仕方ないから私がぼっちの先輩と夏の思い出を作ってあげますよ!』とか調子のいいこと言えばよかったのに……。


 はぁ、と思わずため息を吐いてしまった。

 ……でも、誘えた。誘えたよ〜!! 我ながらナイスゥ!

 やばい。楽しみ過ぎる! よくやった私! マジ卍! ……は古いかっ。知らんけど。

 ……って違う違う違う! 別に私は花火に行きたかっただけで……!

 

「真鳳、今日なんか良いことあったの?」


 一人でのたうち回っていると、横の席の絵里が少し引き気味に話しかけてきた。

 絵里は高校でできた初めての友達だ。

 色々と気が合い、私達はすぐに打ち解けた。


 チャームポイントは女子の私から見ても羨ましいと感じるその美人なルックスだと綺麗な黒髪。……そして、大きなおっ……、やめておこう。


「いやいや、特にないよ」

「え~嘘だぁ。だってずっと顔ニヤけてたよ。あ、まさか男が出来たんじゃ……」

「ち、違うから! 出来てないし!」

「へぇー? ほーん?」


 わざとらしく相槌を打つ絵里。……絶対何か企んでる顔だ!


「じゃあ、この前一緒にご飯食べてた男の人は誰なのかな~?」

「はうっ!」


 ツンツンと横腹をつつかれ、思わず変な声を出してしまった。


「あれは……ただのバイトの先輩!」

「……ほう、お主年上を狙っておったのか……意外にちゃっかりしとるのお……」

「もう~~! だから違うってば~!」


 絵里は髭を触るような仕草で私をからかう。

 

「……じゃあ、好きじゃないの?」

「……好きじゃないわけじゃあ……ない……けど」

「好きじゃん」

「だから……そういうのじゃなくて! ……そ、そう! 尊敬してるの! そんな感じなの! だから、好きとかじゃ……」

「ふふっ、真鳳って意外にそういうところはピュアピュアでちゅからねぇ~!」

「絵里~! そろそろ私、怒るよ! 結構怖いよ私!」

「ははは、ごめんってぇ~!」


 絵里は笑い過ぎて、もはや引き笑いになっちゃってるし。まったく、困ったものだ。

 笑いをどうにかこらえながら絵里は会話を続ける。


「でもさー、真鳳ってまだバイト始めて二カ月でしょ? そんな二カ月でその人の事って分かるもんなの?」

「あ~、実を言うと先輩のことは結構前から知ってたんだよね……。先輩は気づいてないと思うけれど」

「え? どゆことどゆこと? 私、気になりまーす」


 はいはーいと手を挙げる絵里に少々呆れたけれど、こうなってしまったら絵里は引き下がらないだろう。

 仕方ない……ここは降参しよう。


「まぁ……、これはまだ私が高校生になる前の話なんだけれど……」


 それから私は先輩と初めて会った時のことを話し始めた。


 そうまだ私の髪が今よりも少し長かったころ。

 まだ私が眼鏡をかけていたころ。

 まだほんの小さじ一杯、子どもだったころ。


 これから話すのはその時のお話。


 時間は中学生のころに遡る。

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