脂肪の塊

 切羽詰まれば大体の人は利己主義となる。


 というあまりに主語が大きすぎる主張を展開してみたけれども、思い当たる節はある。昔蜂に襲われた際、仲のよかった安江君を突き飛ばして我先にと逃げたんだけども、いやまったく申し訳ない事をしたと思うよ。すまんすまん。本人に謝った事一度もないけど。でも仕方ないよ。だって安江君なんだもん。


 このように、いざとなれば他者の犠牲も厭わないどころか、それが当然であるような風に思ってしまう人間もまぁいると思う。モーパッサンが記した脂肪の塊は、そんな人間の利己主義的な一面を生々しく描いた作品となっている。



 脂肪の塊(ブール・ド・シュイフ)。

 普仏戦争の中、相乗り馬車で街を出ようとするフランス人の一団がいた。

 馬車に乗る人間達はそれぞれ多様な地位を持っており、 脂肪の塊(ブール・ド・シュイフ)と呼ばれる娼婦もまた、その即席の一座に加わっていた。

 娼婦は最初蔑まれていたが、同乗する人間に弁当を振る舞い打ち解ける。その内に愛国心を語り共感を得て、すっかりと彼らの仲間入りを果たしたのだった。

 そうして一同はようやく宿のある街にたどり着いたのだが、そこで足止めを喰ら事となる。そこは敵国に占領されており、一人の士官が馬車の出発を許さなかった。その士官は、娼婦と一晩過ごせば出発を許可するというのだった。




 なんとも胸糞の悪い話なんだけども、この胸糞の悪さが実に文学的で惹きつけるものがある。

 ネタバレになるのであまり詳しく書かないけども(古典にネタバレネタもクソもない気もするけど)、終盤、再度馬車に乗って移動する場面とかマジ胸が締め付けられる。それは怒りだったり悲しみだったりやるせなさだったり諦めだったり同情だったりと、多様な人間の情が同時に出てきて濁流に流されるような、さりとて泉に溺れていくような、なんなら水責めを喰らっているような感覚となる。この終盤だけで、当作品が文学的傑作であるという理由が十分に理解できる破壊力を持っている。


 いやぁこれは凄いんですよ本当に。短い中であって完成度とメッセージ性が凄まじい。こういう作品を書きたくて俺は小説を書いているのかもしれないと思わせる程衝撃を受けた。本当に最後の場面だけでそういった感想がまろび出る情緒。多分4時間もあれば終わるので、本が好きな人は是非とも読んでほしい。



 しかし、当時とは価値観が違うから、今を生きている若い人にはあまり刺さらないかもしれない。それは多分、とてもいい事なんだろうけど、少しだけ寂しい。


 

 

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