金閣寺

先日買ったコートを着てみると、思ったより良くなかった。

値段相応といえば確かにそうだけども、デザインがいいだけに裏切られたような気分になる。もとからそういう商品だと知っていればこんな気持ちにはならなかったのに、どうも曖昧なディスプレイとショーウィンドーの妙に目が眩まされてしまったようだ。


俺の場合はワンシーズン使ったら買いかえればいいし、がっかりした気持ちもその内に慣れてどうでもよくなってくるだろう。そもそも安いし、使い捨てと考えればまぁ納得もする。


しかしこの裏切りが、生涯をかけて信じていたものであったならば、生まれてからずっと、素晴らしいと認識していたものが、その実粗末なものと知ってしまったら、その落胆と絶望は計り知れない。

美から醜への転化。汚泥に塗れた社会に絶望するも、自らもその中に取り込まれていたと理解してしまった時の衝撃。心の中にあった絶対的な柱が腐食していく際、人間はどのような行動に走るか……


一つの答えが、三島由紀夫の金閣寺に記されている。



主人公である溝口は暗い少年時代を送っていたが、かねてより父に謳い聞いていた美しき金閣で修行を始める事となる。

だが金閣の周りは醜悪だった、対面の煌びやかさが返って俗悪な世の中を照らし、どんどんと溝口の心にある幻想に影を作っていく。

しばらくして溝口は大学に入りそこで数人の友人ができた。その中の一人、柏木に女をあてがわれたりしたが、目の前に金閣が立ちはだかり未遂に終わる。

その後なんやかんやあって悪い遊びを覚えた溝口は遊郭で女と歩く金閣の住職を見つける。住職はその場で溝口を叱りつけるも以降は何もなく、それが溝口の心に一層の疑心を芽生えさせた。

そこから、溝口は柏木から聞いた南泉斬猫の話などにより、徐々に行為によって変わっていかなければならないと思うようになっていく……




この金閣寺、俺は一度挫けた。

だって何度も何度も同じような事が繰り返されているうえに長いんだもん。下地がないと無理だよあんなの。ちょっとレベルが高い。いや、俺がレベル高いっていいたいわけじゃないんだけど、程度の読書量が必要になってくる。でないと、そもそも長編が厳しい。

で、その後いろいろな本を、それこそ潮騒だとか車輪の下だとか読んで再チャレンジしたらもうすっごい。堂々巡りだと思っていた主人公の心情がリアルタイムで微細に揺れ動いていくのが分かる気がするんだよ。金閣寺凄い! あれ? 本当は凄くない? 金閣寺……みたいな感じ。その認識を構成している世界もまた生々しくて、南泉斬猫のくだりなんかが本当に世界観を露わしているように感じる。三島の地位を確固たるものにした作品だけあっていやぁ凄い。教養も文章力もレベルが段違い。なんやこれ。勝てへんってもう完全に敗北宣言出した。仮面の告白でも出したけど金閣寺でも完全に白旗よ。真似できるかこんなもの。


金閣寺の内容についてはよく滅びの美学といわれているけど、俺はそれよりも再生の方に焦点が置かれているように思う。

確かに滅びゆく金閣は美しんだけど、そこから生じる溝口の生命力こそ本題なんじゃないか。心の中に会った幻想を破壊し、罪を背負っても生きようとするその姿勢と意思は、それまで長々と読み進めてきた鬱屈が全て消え去る程の清々しさを発揮していてカタルシスを感じる事ができる。もう俺も全部燃やしちゃおっかなって考えたくらいに、気持ちがいい。俺の場合は心に絶対的な美なんてないんだけども。

まぁ、滅びってのは後に訪れる再生も連想されるから、俺のこの、学もセンスも教養もない感想も、滅びの美学に内包されているんだろうけどね。悲しい悲しい。


ちなみに完全に余談なんだけど、大魔法峠のEDの元ネタって知ったのは読了してからだった。やっぱ本は早い内から読んでおかなきゃ駄目ね。あぁ、過去の俺をぶん殴って勉強と読書させたい。いや、いっそ殺したい。俺は現実を生きていける程強くないんだ。早めに〆てしまった方が幸せだろう。いやぁ現実辛いよ現実。人間関係も仕事も全部しんどい。あぁ燃えねーかなー世界。











……いっそ、今あるものを全部燃やしちまって、しがらみを全部消し炭にしてやろうか。



なんてね。





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