空回りというのは実に恥ずかしい。それが色恋沙汰だったりすると余計に。

こう見えて俺はモテない。

好きな女の子にはふられっぱなしで、浮ついた噂もなく、まともな青春を送れなかった。

人生異性が全てじゃないというのは重々承知しているが、それでも多くの人間の中に潜む獣が子種を残せとうるさく言うのは事実である。獣はその発達した嗅覚で女を嗅ぎ分け、「あいつがいい」「こいつがいい」と好き勝手に喚いては人の心を惑わしてくるのだ。実にけしからん。

そんなわけで俺は獣に誑かされて結構な恥をかいてきた。暴走して迷惑をかけてしまった女性には本当に謝りたい。本当に、本当に謝りたい。すみません。僕が馬鹿でした。殺してください。いや、死にます。死にたい……

このように、過去の恋愛話を思い出して女性に申し訳なく思ったり、記憶を消してしまいたくなったりするのは俺だけじゃないだろう。とにかく恋は盲目なのである。本来は見えているものが見えなくなるし、普段なら慎むところもアクセル全開で進んでしまう。色恋（性欲とも）に駆られた雄は無様で惨めで、まったく頭が悪くなってしまうものなのだ。

そんな男の姿を描いたのが、武者小路実篤の友情である。

友情の主人公、野島は脚本家であり、同業である大宮と切磋琢磨していた。

野島は大宮にいつも一歩先を進まれていたが尊敬の念は失われず、互いに友人として親しいままであった。

そんな二人の間に、一人の女性、杉子が現れるようになり……

……これまでこのシリーズでは極力内容を胡麻化し（ちゃんと覚えてないってのもあるんだけど）、できるだけ本を読んだ際に得られる感動を薄めないようにしてきた。俺の駄文でどれだけの人間が紹介した本を読むのか分からんが、何の因果かそういう出会いをしてしまうかもしれない。その点を考慮し、今まで薄く薄く書いてきた。

でも今回はもうネタバレしちゃう。

野島は振られて杉子は大宮に取られます。

というかこのストーリーとタイトルで想起しない方が無理な話。ネタバレもなにも、「知ってた」と皆なると思う。それよりも大事なのは中身。結果はともかく、どのような過程を経てその事実が明らかになるのか、また、杉子は野島に対してどのように思っていたのか。ここが重要であり、本作のテーマとなっているような気がする。

実篤は類似したテーマで、『おめでたき人』という短編を書いていて、これがまた悲しくも滑稽で、独りよがりな片思いを抱く男の話を生々しく、情けなく表した物語となっている。

それをより重厚に、また深く下げたものが友情だと俺は勝手に考えている。つまるところはピエロの悲劇。なんとまぁ、救いがたい話だ。しかしその姿を自分と照らし合わせると笑えなくなり、酷く苦しくなっていく。過去に抱いてきた恋愛感情が全て喜劇だったと思うと、がっくりと項垂れてしまう。酒の肴にはちょうどいいけどね。

恋と友情。人間が持つ感情の揺れ動き。時に光り、時に暗く沈む主人公の心境が高度な文学的技法によって表現されている当作品は、人によってはきっと精神を抉られる事間違いなしである。でも、そんな作品だからこそ名作であり、読む価値があるんだろうなぁ。

恋というのは、まったく難しいもんだね。