日の名残

上司に「イギリス文学は面白くない」と知ったかかますと次のような返事を貰った。



「カズオ・イシグロを読みたまへ」



確かノーベル賞を受賞した翌年だったように記憶している。当時世間じゃ「イシグロ、イシグロ」と空前のブームとなっていたが、流行っていると距離を取りたくなるのが人情。小市民的思考回路を持つ俺は「やれやれ」と俯瞰し、自分は一段上のステージにいるんだと謎マウントメンタルを発揮。そもそもイギリス人国籍だぞ。日本関係ないぞと、よく知りもしないくせに人々を嘲笑していた。


そんなスタンスだったため当初は読むのを躊躇していたが、上司は頭がよく文学にも明るいため決断。自身より優れているものの言葉は素直に聞くが吉と日の名残を購入した次第である。


したらびっくり。名作じゃん。


翻訳だから完全に理解できたわけじゃないけど、内容は素晴らしくツラツラとページがめくれていく。過去と現在の照らし合わせがスムーズで、段階的に進むストーリーを目で追っていくと早く読みたいと気持ちが逸る程。

懐古していく中、明かされるメイドとの関係。そのメイドを尋ねる為に車を走らせる刻下。距離が近づくにつれ思い出もだんだんと色味を帯び、主人公である執事の淡々とした自分語りに人間性が加味されていく。

道中、行く先々で見る牧歌的な景色の美しさはイギリスを知らない俺でも脳内に情景が浮かび、一息を吐かせた。凄い表現力だ。これは翻訳者の技巧が優れているのかもしれない。


また、なにより知り合う人々とのやり取りをスマートにこなしていく様が格好いい。実にジェントル然としていて(一部失態を演じるが)、古き良きイギリスを体現したような言動が俺に品格とは何かというのを自問自答させた。まぁ、古き良きイギリス知らないんだけれども。

ともかくとして、読んでよかったと、もっと早く読みたかったと思う作品だった。

読み終わると感嘆。文章も内容も遥か彼方に位置するレベルで、そりゃノーベル賞取るわと納得。遅まきながら嘲笑していた人間と同じく「イシグロ、イシグロ」と湧いた。凄いよカズオ・イシグロ。


ただ一点。歴史的背景を知らないから、時代設定的にそれが当たり前なのかもしれないけど、アメリカに対する意識と関わり方。そしてアメリカ人の描き方が実に(俺の想像する)イギリスっぽいなと思った。良くも悪くも、米英には溝があるんだなぁ。


ともあれ、推薦するに十分すぎる良書だった。いやぁ凄いカズオ・イシグロ。暇ができたら他の作品も読もうと思う。

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