車輪の下
そうかそうか。つまり君はそんな奴なんだな。
国語の教科書で少年の日の思い出を読み記憶に刻まれたこの台詞。俺以外にも覚えている者は多いだろう。こゝろの一節。精神的に向上心のない者は馬鹿だ。と、個人的には双璧をなしている。
そんな事もあって俺はヘッセに興味を抱く。
時は大学。やはり図書室で全集を借り読み進める。
しかし、サロメなど象徴的なものを除き、収録された作品の内容は不確。目当てのタイトルがあり焦って読んでいたからだ。そのタイトルこそが車輪の下。ドメジャー。有名どころ。ベタ中のベタである。
俺はドイツ語ができないから邦訳版を読んだ。古典の翻訳は分かりにくいものが多い気がするけど、ヘッセそんな事もなくスルスルと読み進められた(後に祖母宅で発掘した緑色の文庫も同じく読みやすかった)。
暇な時間を見つけては主人公のハンスが追い詰められていく様子や悪友と過ごす日々を読書という形で経験していき、馬鹿なくせに共感した気になって心を痛くしていく。努力もせず才覚もない凡骨を絵に描いたような俺が、車輪の下を追っている時ばかりは勉学に明るい気弱な、惰弱な、神経質な少年へと変身する事ができた。ドイツ語ができないくせに、故郷の豊かな自然やシュツットガルトの洗練された街並みを歩き、そして、最後は……
読了後、俺はこの先どうやって生きていこうかと考え、どんな生き方ができるかと逡巡し、憂鬱となる。いつか自分も、こんな風になってしまうかもしれないとの不安が募り苦しかった。道を踏み外すのを、ただ恐れた。それが無意味だとも知らずに。
卒業後に察する。ハンスと違って馬鹿なわけだから、踏み外す以前の問題だったのだと。
最初からフラフラと当てもなく漂っている落伍者が、一丁前に真っ当な人間らしい悩みを持つなど烏滸がましく、許されていなかった。怠惰で馬鹿な俺は底辺を甘んじる以外にない。選択肢は自ら捨てていた。進めるのは、人の下で生きる道のみである。
そうして今は、会社の下にいる。あぁ、辞めたいなぁ。
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