あなたの願いは?

 橋本と別れてタクシーで自宅に向かった。

 マンションのエレベーターに乗り腕時計を見る。深夜0時過ぎていた。

「ああ……頭痛が。酒豪の橋本のペースに合わせた罰だな」

 室内に入る。玄関の電気は消えていた。

 家族は当然、先に寝ている。

 ダイニングテーブルにラップが掛けられた料理が置いてある。

 アリサが作り置きしてくれた味噌汁と卵焼きだ。

「ちょうど、小腹が減ってきたところ……あぁ、深酒に味噌汁はくなあ」

 椅子に座って食べるケンゴ。

 食事を終え、皿を洗い場に運んだ。

 そのまま、コップに多めの水を入れて飲み干した。

「そういえば……」

 橋本にもらった小袋のことを思い出す。

 ダイニングに戻り、カバンから小袋を取り出す。

 そして、袋を開けて説明書を取り出した。

「『これを飲むとあなたの深層心理が願った世界が待っています』だって」

 半信半疑のケンゴ。

「オレの願いってなんだ? やっぱ、金か?」

 酔っていることもあり、自分の考えがまとまらない。

「『青い瓶から服用してください。飲酒後の服用は効きすぎるので避けてください』だって」

 青い瓶を照明に透かす。

「効き目が増加するなら願ったりだな。だいぶ飲んだので抜群の効果が期待できるってね」

 瓶を開けて臭いを確認する。

 無臭。

「湧き水から作ったのなら無害だろう。……にしても、どうやって青くしてるんだ?」

 ブツブツ言いながら青い液体を飲み干す。

 ……が、すぐには効果を感じられない。


 ひとまずシャワーを浴びることにした。

「あー、突然、眠くなってきたぞ」

 クスリの効果か、シャワー中に激しい眠気が襲ってきた。

 急いでバスルームを出る。そして、パジャマに着替えて寝室へ向かった。


 ダブルベットにはアリサと娘が寝ていた。

 ベット脇に置かれたベビーベットには0歳児の男の子がうスヤスヤと寝ている。

「おやすみ」

 ケンゴは娘の顔を撫でながらベットに入った。

 そして、ほどなく眠りに落ちた。



 翌日。昨晩の午前様のせいか殺伐とした雰囲気。

――今日は無言作戦か

 アリサは朝ごはんの準備をしながら、一言も話さない。

 ケンゴも昨晩の遅い帰宅に引け目を感じつつも、意地になって無言を貫く。

「行ってくる」

 小さく呟いた。

 結局、一言も会話することなく家を出た。



 営業部の職場は二十名ほどの社員が皆、忙しそうにしてる。

 固定電話、スマートフォンを駆使して顧客と連絡を取りあっている。

 見積もりやプレゼンテーションの資料を作っているメンバーもいる。


 ケンゴは、その日の営業先に提出する見積もりを作成していた。

「おはよう、ケンゴ!」

 振り返ると、肩まで黒髪を伸ばした大人の女性。同期のマヤだ。

 大きな封筒を両手に持っている。

「はい、営業部宛ての郵便。最近、色々重なって大変って橋本クンが言ってたよ。大丈夫?」

 周りに迷惑にならない程度の声で問いかけるマヤ。

「最近、色々と変化が大きくてな。公私ともに」

「係長にもなると責任も増えるってね」

「からかうなよ……マヤ」

「そうそう、また同期のみんなで集まりたいね」

 ニコッと笑うマヤの艶めかしさにドキッとするケンゴ。

 170cmを超える長身とスリムだがメリハリのある体系。上司も放っておかないわけだ。

「あ……ああ。いいね。橋本たちも呼んでさ」

「……あれ。スマホ、光ってるよ。電話じゃない?」

 消音にしていた個人のスマートフォンが点滅している。

「じゃ、行くね。また連絡ちょうだい」

 封筒を机に置いて戻っていくマヤ。

「私に出来ることなら言ってね、本当に」

 マヤは振り返り、小さく手を振った。

「ありがと」


 改めてスマートフォンを確認する。発信元の番号は『非通知』。

「もしもし?」

 自分の名前は言わずに着信を受ける。

「もしもし。ああ、出ていただけて良かった。今、お話できますでしょうか?」

「お待ちください。職場なので廊下に出ます」

 マイクを手で塞いで廊下に出るケンゴ。

 幸い廊下には誰もいない。

「はい、大丈夫です。ところで、どなたでしょうか?」

「私、警察の者です」

「へ……!?」

「落ち着いて聞いてください。奥様の車が事故を起こされました」

 男性は焦らせないためにか、深くゆっくりと告げた。

「えっ……」

「すぐに病院に来ていただけますか、場所は――」

 突然の連絡に頭が真っ白になるケンゴ。


 電話を切ったあと、その足で上司の机に行く。

 そして、小声で事情を話した。

「今日はもう終了でいい。急いで病院へ行け!」

 周りのメンバーが聞き耳を立てている。

 しかし、ケンゴはそれに気付く余裕はなかった。


 会社を飛び出し、タクシーを拾って病院へ向かった。

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