願いが叶うクスリ

 その日の夜。

 繁華街の小さな居酒屋でケンゴは、友人と飲んでいた。

 妻には仕事の付き合いと言っておきながら、相手は同期の橋本だ。

「お前はいいよな、独身貴族で」

 ケンゴはビールをグッと喉に流し込んだ。

「そうか? 俺らが会社に入って十年。同期の半分は結婚しちまったぞ」

「お前はどうなんだ、橋本? コンパ、まだやってるのか?」

「ちょいちょいな。お前も来る?」

 枝豆をつまんで口に放り込む橋本。

「いいや、やめとく。軍資金が乏しい」

 ケンゴの空いたグラスに瓶からビールを注ぐ橋本。

「綺麗な嫁さん、可愛い二人の子供。新築高層マンション。で、係長に昇進。コンパなんて不要だよな?」

 無言で唐揚げをつまむケンゴ。

「そうでもないって顔だな……そうそう、お前にいいものやる」

 橋本はカバンから小さな袋を取り出した。

 透明のラッピングの中に二本の瓶。

 一本には青色、もう一本には赤色の液体が入っている。

「オレの故郷、すんげー田舎なんだけどな、地域振興のために売り出したんだ」

「なんだ、それ?」

「霊験あらたかな古い神社の湧き水から作った魔法のクスリ」

「神社って、お前の両親がやってる……?」

 受け取った小袋をマジマジと見るケンゴ。

「そのとおり! 昔、お前が泊まりに来たことあっただろ。それ以降、両親ともお前のこと気に入っててさ」

「それってだいぶ前だぞ」

「お前が悩んでそうだって言ったら、是非これをって。何でも『深層心理にある願い』がかなうそうだ」 

 箸で小袋を指す橋本。

「これで明るい未来が待ってるな! 使い方は……」

「いい、いい。説明書きが入ってるみたいだから見てみるって」

 カバンに小袋を入れるケンゴは全く信じていない。

「一つ願い事をするなら何にする? ケンゴ」

 うーん、考え込むケンゴ。

「そうだな……とりあえず、小遣いアップだな」

「それは小さい願いだな。じゃ、宝くじが当たるかもな!」

 ケンゴの返答を一蹴する橋本。

「このクスリはそんな表層の願いじゃなくて、自分でも認識していない深層心理の願いを叶えるらしいぜ」

「お前は使ったのか?」

「いいや。オレは苦労ねえし」

 次々と串焼き、揚げ物などが運ばれてくる。

 体格が立派な橋本はそれらを絶え間なく胃に投入する。

「ところで、マヤもお前のこと心配してたぞ」

 口をモグモグしながら橋本。

「マヤって、同期のマヤか? 確か、上司と不倫してたとか……」

「もう、別れたって」

 急に小声になる橋本。

「彼女の本命は昔からお前なんだぞ」

「嘘だろ。そんなそぶり、感じたことないぞ」

「バレないようにするのが乙女心なの。相変わらず鈍感だな」

「そもそも、オレは既婚者だぞ」

 暴露に少々戸惑うケンゴ。

「まあまあ、その話は置いとこう。次、何飲む?」

 橋本は手を上げて店員を呼ぶ。

「今日は独身貴族のおごりだ! 店員さん、一番高い日本酒ちょうだい」

 この明るさにはいつも救われる、ケンゴはそう思った。

「ハハハ、この安居酒屋で一番高いったってな。まあ、ありがたくご馳走ちそうになるよ」

 二人は運ばれてきた熱燗あつかんで改めて乾杯した。

 話しは尽きず、深夜まで宴会は続いた。

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