衝動と冷静の先に……

松本タケル

すれ違い

「今日、飲み会で遅くなるからな」

 朝食のトーストを食べ終えたケンゴは、妻のアリサに告げた。

 高層マンションの窓からは明るい光が差し込んでいる。

 対照的に室内は険悪なムード。

「また? 最近多くない? 3歳児と0歳児を一人で面倒を見る身にもなってよ」

 食べ終わった朝食の皿をテーブルから片付けるアリサ。

 ガシャガシャと荒々しく皿を重ねる。

「そんなこと分かってるよ! でも、俺だって付き合いがあるの。これだって仕事のうちなんだよ」

「係長に昇格したのはいいけど飲み会ばっかじゃん。営業ってどこもそうなの?」

 洗い場に移動したアリサは、水を大量に出して皿を洗い始める。

「給料は上がったけど月々のローンはバカにならない。仕事を増やさないと残業もできないの」

 語気を強めるケンゴ。

「育休とったときは色々やってくれたのに、仕事が始まったらからっきしね」

 負けない語気のアリサ。

 そのとき、目をこすりならがら女の子が部屋から出てきた。

「パパ、ママ、おはよう~」

 パジャマでボサボサの髪。愛らしい三歳の娘だ。

 口論の声で目覚めてしまったのだ。

「ごめん、起こしちゃったかな? パパが会社に行ったら朝ごはんにするからね」

 急に声色を変えるアリサ。

 一方、ケンゴは冷めたコーヒーを飲み干して立ち上がる。

 そして、娘の頭をサッとなでてカバンを持つ。

「とにかく、今日は遅くなる。晩御飯は無くていい」

 玄関へ向かうケンゴ。

 アリサは台所から移動せずに皿を洗い続けている。

「勝手に行けってか」

 靴を履いて玄関を出ながらケンゴは小さく吐き捨てた。

 エレベーターで十階から一階へ移動。

 そして、マンションを出たところで立ち止まり自宅を見上げた。

「三十年ローンを払い続ける身にもなってみろって」

 ケンゴは駅に向かって歩き始めた。

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