最終話 インターネット誕生日

 ~ 十月二十九日(金)

 インターネット誕生日 ~

 ※悠悠閑閑ゆうゆうかんかん

  ゆったりのんびり。

  気長にどうぞ。




 凜々花んちを出て。

 舞浜ちゃんちの前を通って。


 まっくらな森の方へ向かう道を十分くらい歩くと。


 左手の草陰に。

 今にも朽ち落ちそうな道標が顔を出す。


 コケなんかカビなんか、わからんものでまっくろけ。

 書かれた山の名前もまるで読めやしねえ。


 そんな道標が示す登山道。

 ここを歩く人なんて、一体何人いるのやら。


 まるで藪みたいに伸びきった下草のせいで。

 本当にここが道なのかと首をひねりながら飛び込んでみれば。


 山頂へのんびり至る斜面は。

 ずっとずっとなだらかで登山気分には浸れず。


 そのくせ藪が濃くて殺風景なもんだから。

 ハイキング気分にも浸ることなんかできやしない。



 おおよそ誰にも紹介できない、そんな山。

 ご近所さんですら知らねえ人が多いこの山は。



 おにいと凜々花にとっての宝物だ。



 ……越してきてすぐ、クラスの子とケンカして。

 泣いて帰った凜々花は、お家に入る前にしっかり涙を拭いたのに。


 暗くなり始めると、おにいは凜々花の手を引いて。

 この、何の面白味もない山に登り始めたんだ。


 黙って歩くおにいの背中。

 なんだか不安で怖かったんだけど。


 だからかな、ギャップ萌えってやつ?

 この景色見たら、一発で虜になっちまったんだ。


「き、綺麗……」

「それなりなもんだろ?」

「それなりどころか……。ひ、昼間は来たことあったけど……」


 よしビンゴ。

 凜々花は王子くんさんと、顔も見合わせることなく拳をごっつんこ。


 おにいならここ選ぶって思ってたし。

 凜々花にとっての特別な場所が。

 大好きな二人にとっての思い出の場所になるならこんなに嬉しいことは無い。


「…………寒くないか、秋乃」

「う、ううん? 寒くない」

「なんでお前はウソつくとき耳がパタパタ羽ばたくんだよ」

「え!?」

「ははっ。隠したってことは、やっぱウソだったんだな?」

「え!? なんて?」

「…………耳から手を放せばかやろう」


 おにいがブルゾンを脱いで、薄手のカーディガン姿だった舞浜ちゃんの肩にかけてあげてる。


 照れた舞浜ちゃんが、服の合わせをちょっぴりだけ指先でつまみながらおにいをみつめる。


 実に良い雰囲気。

 完璧なお膳立て。


 ……でも。


 おにいは、盛大な溜息をつきながら頭を掻いた。


「なあ、秋乃」

「うん……」

「あれで隠れてる気らしいぞ、あいつら」

「どうして先回りされたのか、不思議すぎ……」



 ……なんもかんもが誤解だったらしい。


 凜々花には、結局んとこ全部は理解できてないけど。

 どうやらおにいは舞浜ちゃんに告って。


 告られたことが分からなかった舞浜ちゃんのリアクションのせいで。

 勝手に振られた気になってたらしい。


 だから仕切り直したい。

 一日だけ待ってくれ。


 そう言ったおにいが選ぶ場所なんてここしかねえ。

 街明かりがキラキラ宝石みてえに見える、山の中腹。

 ベンチのとこに決まってる。


 凜々花はそう読んだから。

 王子くんさんに、こっそり二人で覗こうぜって伝えたんだけど。


 王子くんさんから届いた返事は。


 『夏木さんに見られた』


「おにいは、みんなの人気者だったん?」

「そうだよ。みんな心配してたんだ」

「そしてナツキンは拡声器だったん?」

「五秒後には全員参加が決定してたわよん!」


 おにいたちがいる、中腹の休憩場所。

 そこを見下ろす山肌の斜面に。


 三十人近くの高校生が。

 迷彩服を着て藪に隠れてるというこの状況。


 凜々花、おにいが人気者で嬉しくて。

 その反面、ばれやしねえかってドキドキしっぱなしだ。


「でもな、凜々花、思うんよ」

「凜々花ちゃんはいつも声の大きさ変わらないんだね」

「カメラ設置してネット配信って、やりすぎじゃね?」

「まあまあ。ここに来れないけど見たいって人もいるだろうし」

「クラスの人、皆来てるって言ってなかった?」

「クラスの人だけじゃなくて。この日を楽しみにしてた人、たくさんいるのよん!」

「でも、クラスメイトなのにここにいないやつが二人いるぞ」


 斜面をずり降りて最前列に来たのは。

 イケメンの甲斐くんだ。


「久しぶりだな、凜々花ちゃん」

「用事で来れなかったんか? 二人って」

「いや、ここには来た」

「ん?」

「日向と拳斗捕えるのに十人がかりで三十分もかかった」

「お疲れ様なのよん! でもこれで邪魔者は消えた!」

「あっは! お疲れ、甲斐ちゃん。二人をどこに封印したの?」

「頂上。日向は縄でがんじがらめにして……」

「平気なの? それ」

「拳斗はアイアンメイデンに閉じ込めた」

「……平気じゃないよね、それ」


 そっか、そうだよな。

 お姉さんも言ってたっけ。


 万人が幸せな恋愛なんてどこにもない。

 望まない誰かが必ずいるってことか。


「そっか。パラガス君は二人がくっつくの望まなくて、そんで殺されちまったんか」

「生きてるよ~? それにあの二人がくっつくのは嬉しいよ~」

「パラガス!?」

「どうやって出て来たんだお前!?」

「立哉の妹ちゃん、さらにかわいくなったね~! おにいちゃんに似ないでよかったね~!」

「やっぱこうなったか!」

「中学生女子にこいつを見せてはいかん!」

「有害物質を捕えろ!」


 ぎゃあぎゃあ暴れ出した皆さんが。

 斜面をずり落ちて来る。


 押しちゃダメだって。

 バレちまうよ。


 ……そう思いながら、二人の様子をうかがってみれば。

 二人揃って、凜々花の方を見上げながら苦笑い。


 なんだ。

 最初っからバレてたんかな。


「まあ、屋上の時よりはましか」


 おにいはそんなこと言いながら。

 舞浜ちゃんに向き直ると。


 照れくさそうに頭を掻いた。


「……なんだか、バカみたいな一か月だった」

「ひ、ひどい一か月だった……」

「お前がウチに越してきてからずっと、ポイント稼ごうと必死になってたのもそういう事だったんだな?」

「そ、そういうことって?」

「今更ながら、お前の気持ちに気付いたってことだ」


 舞浜ちゃんが、もじもじし始めて。

 視線をあっちゃこっちゃ彷徨わせてる。


 でも、足は嬉しそうにぴょんぴょこ跳ねて。

 小躍りしてるのかな。


「俺も、恋愛なんてわからない。失敗しながら進もうか」

「失敗を……。うん、わかった。あ、あたし、ゆっくりがいい……」

「そうだったよな」

「ゆっくり、ポイント稼ぐ……、ね?」

「ポイントは、もういらないよ」


 おにいは、そう言いながら。

 ポケットから指輪を出して。


 舞浜ちゃんに差し出した。


 でも、困った顔をした舞浜ちゃんを見ながら。

 ゆっくりポケットに戻しちまうと。


「独りよがりだった。こんなの渡されても困惑するってお袋も言ってたしな」

「こ、高級すぎ……」

「そうだな。秋乃が欲しいものは一つだったな。俺も、恥ずかしい思いしてみんなから聞いてきた」


 ……そうなんよ。

 凜々花にも聞いてきやがった。


 誰だってわかってる。

 舞浜ちゃんが欲しいもの。


 どれだけ恥ずかしくったって。

 他のものじゃ代わりになんかならねえ。


 おにいは、大きく息を吐いて。

 改めて舞浜ちゃんに向き直ると。



 意を決して。

 勝負に出た。



「あ、秋乃! お前の欲しいもの……、いまからあげるから!」

「や、やた! 何ポイント!?」

「お前のことが好うはははははははははははは!!!」


「「「まだポイント稼ぎ中なんかい!!!」」」


 雪崩を打ってずり落ちながら突っ込んだ約三十人が見つめる先で。

 舞浜ちゃんは、ちょっとポイントを稼げたことで大はしゃぎ。


 ゆっくりくっ付きたいって。

 ポイント稼がなきゃって。


 その速度じゃ、じじばばになっちまう。


「ま、まだ早いってことか……」

「まあまあ」

「お前だって、自分で言ってたじゃねえか」


 ……膝から崩れたおにいの肩に。

 みんなが手を乗っけて励ましてる。


 そんな光景が嬉しくて。

 凜々花も、ちょっと小躍りだ。


 舞浜ちゃんがそうしたいんだ。

 ゆっくり行こうぜ、おにい。


 凜々花は、また好きになった場所から見える。

 きらきらな宝石の一つ一つに。


 インターネットにも負けないように。

 大きな声で、教えてやったんさ。



「おにいが! また振られたーーーーーーーーーーーーーーー!!!」





 秋乃は立哉じゃ笑わない? 第17笑


 おしまい♪



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秋乃は立哉じゃ笑わない? 第17笑 如月 仁成 @hitomi_aki

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