第4話 どこかへ
彼女はどこへ。
文はつぶやく。きっと、本当には誰も私を探していない。だって、だれともつながれないのだから。
私には欲求がある。それを満たすことが幸せなのだと思う。まあ、満たすというより欲求の達成を味わい続けないと、どうやら苦しいということだ。
はあ、本当ならもう終わりにしてもいいと思う。だって、そういう仕組みなんだってわかったから。常に求め続けないといけないなんて、おぞましい。そして、私にはそれが難しいから。
彼らは動き回っている。文は気づく。泥みたいな緑色の沼の中でちゃぷちゃぷと。外の世界なんて、見た事もないだろう。だが、私も一緒だと同情してみよう。だって、私が住む世界の外があるなんて、疑問に思ったこともない。違和感も抱かない。そうなのだ。
「ちゃぽ!」
一匹、二匹。金魚が連れ出る。沼の中から、飛び出してきた。暑くて渇いた地面の上で、彼らは生きれはしないだろう。だが、あんな汚い沼で息はできるのだろうか。と、ふと心配を抱く。
そうだな。私がきれいな川に連れて行ってやろうか。と、ふと思う。
それにしても、きれいな金魚だ。なんて、鮮やかなんだ。
ネミノは私を追ってきたみたいだ。
「ネミノ、何で来たんだ。」と問う。
「気になったから。」それだけだ、と言い切る。
なんだか笑えてきて、苦しい。ああ、本当に暑くて息苦しい。もう、死んでしまうのだろうと、確信する。
ブラックアウト。二人の時間は止まってしまったみたいに。
「あれ、あれ。」
「生きてる。」
冷たい水の感触を心地よく思いながら、二匹は優雅に徘徊する。ネミノと、私。
文は二匹の金魚を川へ放ってやった。すごく元気になってくれたから、多分よかったんだと思う。そう思って、また歩き始める。
歩みを止めたいとは思わなかった。だって、すごく苦しいのだ。とめてしまうと壊れそうなはかない心地。文は教えられた。と思っている。村雨に。世界の過ごし方を。閉じこもっていたのが不思議なほど、どこかへ一人で行くのだ。行くことにしたのだ。
二人じゃないと、そうずっと思っていた。だって、一人は苦しいのだ。もう息ができないくらいなのだ。
何もしたくないし。何も消費したくない。そう思って、また欲求を心のうちに閉じ込める。それが良くないと分かったのだ。
ふと、女性を見つける。
彼女は川を眺めている。
それで何かいいことでもあるのだろうか、と穿った気持ちで見つめる。文は自分がこういう性分なのだと自覚する。
何をしているのだろうか。聞くのはまだ遠慮して、観察することにした。なんだか、はかなげな感じを醸し出している。どうしたのだろうか。
「川、眺めてるんですね。」さりげなくいってしまった。
女性は、「そうなんです。」という。
「私、ある人に振られて、さまよってるんです。心が渇いて仕方ないから、他のことで埋めたくて。」そういうのだ。
文は、ああこの人私と同じだと、認識する。
どうしようもない渇き、抑えきれない欲望、欲求、願い、思い。そんなものを抱えきれずにさまよっている。
「私もなんです。」と文は言う。
「私も、男と別れて、さまよってます。」
文は親近感を覚えた。この女は私と同じように渇いている。どうしようもない欲求、そのまま昇華することのできない欲求、確実に満たされることのない強い欲求に扱いかねている。そんな状況に。
でも。
女は言う。
「私、道夫ていう変な名前の男に振られたんですけど、本当に好きという強い思いだけが残ってしまって、この気持ちに殺されるくらいだと感じてました。」
「でも、私死ねないから、ミュージシャンになったんです。路上ミュージシャン。きっと音楽は麻薬で、自分で作ったものを大声でかき鳴らすと満たされるんです。そう思ったので今こんな感じなんです。」
へえ、文は思う。この女は私とは違う。別の道で欲求を昇華している。
好きにならなければよかったのか、好きになったからこのような別の道に進んだのか、とにかく私は思考する。
「じゃあ。」女とは、別れを告げる。
私が選ぶのは、私が選ぶのは。
文は反芻する。
この感情の行き帰りに辟易しながら、眠りにつく。
もう、目覚めることはないだろうと、思いながら。
底無しの沼 @rabbit090
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