第2話 焦りと渇き
ミュージシャンになった。
私はミュージシャンになってみた。
この頃、ひどく乾いた気持で、いてもたってもいられなかったのだ。彼はきっと、乾いてはいないのだろう。
彼は私の同級生。
普段とは違うと思ったのは、春の初めというのかな、寒さが薄まってきたころなんだ。いつも目で追っていた知り合い程度の彼だったけど、なぜか付き合うことになった。私の念というか、好意が通じたのだろうか。告白は彼からだった。
でも、その後は地獄のようで、彼はいつもあいまいなのだ。気持ちをはっきりとあらわさず、もう伝わらなくてもいいというような感じさえさせる。だから私は辛すぎて、思いっきり宣言して、別れることになった。
宣言っていうのは、私の気持ちを満たすだけのもの。彼は困惑しただろう。
でも、でも。しょうがない。これも相性が合わないということだろう。
その頃、心が崩れ落ちそうだった。
どうやら、手に入らなかったことに私の理性無しの本能が執着しているらしい。それは、渇き、という名で呼ぶのが適切だと思った。
誰でもいいのだ、何でもいいのだ、私の渇きを潤してくれ。そう思い、悲嘆する。
自分の中で何かがないということを自覚させられた。
道夫への不安、嫉妬、執着、そんなものによって。
道夫は充実した男だった。地味だが、人に執着することはなく、趣味というのだろうか、とにかく体を動かした。渇いた心を満たすためには、何かをする。それが自然と身についていると思う。
でも何で、道夫は何で、私を欲したのだろうか。
深く考える。人間だから、だろうか。人間だから、まあ満たされていても、空虚を感じるのだろうか。
私は彼といる時、ああ、この人はつまらないんじゃないかと、いつも問答している。だって、そうじゃないか。充実している時間の話をいつもしているのだから。友人と旅行に行ったこと、一人旅。ねえ。
私はいつも手につかない。だって、何も。依存しているような極端な不安に襲われる。でも、彼にとっては些細なことなんだと思う。
苦しい。醜いとも思う。だから、はっきりさせる。曖昧に濁したことをはっきりさせる。そうしないと、私は化け物になる気がする。
信じさせてほしい。その虚しい願いはかなわなかった。
だからもう、寺子屋を出て、道夫と会わなくなったから。
私は様々なことをしたんだよ。書いたり、描いたり、描いたり、創ったり、ね。でも、何をしても渇いている。ああ、いっそもういいやと願う。
でもそうか、なんだ。なぜだか、確信を持つ。自分で創った歌を魅せつければ、いや歌って、形にして見せれば、なぜだか私は満たされる。渇かない。うるおう。そう確信した。
だから、ここから出ようともがく。いつも疑問に思っている。ここ、変じゃないかって。すっきりしたようで、歪だ。なんで、私だけがそう思うのかは分からないけど、もしかしたらみんなもそう思っているのかもしれない。とも思う。
家に帰ると私は、歪で歪んだ感情を吐き出す。感情を吐き出したまま、そのまま眠る。このことに、何の疑問も抱かない。
私は外の世界というものを知らない。とたまに思う。ここの基準、ここの価値観、ここの中で醸成されたもので私はすべてを判断する。
ああ、変になってしまったんだろうか。いつも変だと思われているのは分かる。なぜ変なのか、変ということを客観的に見る力が薄くなってしまったのか。もう分からない。分からないまま、さまよおうと思う。というか、そうするしかないように感じる。
放っておいてほしいと言い放つ。誰にでもなく、無に向かって。私はもう渇かない。渇きたくない。耐えられない。
音楽は麻薬だ。作ってかき鳴らす。快楽の形をしている。そう気づいたから、私は道夫と別れて、ミュージシャンになった。まあ、ミュージシャンといっても、ただ人も見ないところで歌うだけなのだが。でも、私は満たされる。この路上で。誰かの耳に入る場所で、かき鳴らす。
だからもう、道夫はいらないのだ。
そう思うことができて、心が軽くなる。
私たちは歪な存在だ、と気づかずにずっと生きてきた。今からすると、怖ろしいことだと思う。自分の底はかとしれない欲求不満に気付かないとは。
宝物に出会ったと思う。それだけなのだ。
だから、もう心底思っている。
「なんだ、この世界は。と。」
おかしい。おかしすぎる。私の澄み始めた感覚で見て、おかしいということに初めて気づいた。
何が?
皆が、孤独に徘徊している。
だが、それがおかしいとなぜか思う。
この世界では親も兄弟もいなくて当たり前なのに。一人で生活をしていくものだと知っているのに。
それがとても奇妙に映るのだ。
さあ、これは私がおかしいのだろうか、何かがおかしいのか。疑問を残す。
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