第3話  お昼ご飯はあんぱん

 教室で席に座ったわたしは、鞄から教科書とノートを出して机の中に。

 お話のノートは鞄に入れたまま。放課後に図書委員の仕事で図書室へ行くまでは封印。

 お話し書きは家族以外のだぁれも知らないわたしだけの秘密。

 放課後になったら図書室で……ああ、だめだぁ。今日は月一回の…健診の日だった……

 思い出したら気持ちが重くなっちゃったので、気分転換に授業前のおトイレ。

 教科書にノート、最小限の筆記用具。

 きちんと机の上に置いて、わたしは席を立った。

 一番後ろを通って廊下に出たところで後ろからお声がかり。

「あら、また廊下でお吐きになるのかしら、ゲロ子さん」

「だめよ、網島さん。止めたらまた廊下を汚されてしまいますわ」

 とうとう直接言ってくるようになっちゃったかー。しかたないなぁ。

 くるっと振り返って、わたしはにっこり。

「おはようございます。意地悪なクラスメートA子さんとB子さん」

 本当は二人が網島あみしまさんと横手よこてさんだって知ってる。

 でも意地悪を言う人の名前なんて呼んであげない。

「どうして私たちが意地悪なんですの!」

 きーっ、とか言いそうな勢いでA子さんが上から睨む。

「だって意地悪じゃないですか。廊下で吐いてしまってみんなの気分を害したのは認めます。だから、ちゃんと朝会で謝りましたし、原因が食物アレルギーだったって事情もお話ししてます」

 アレルギーは分かりやすくするための方便。ほんとの理由は食事の管理されてるはずなのにお昼ご飯に食べちゃいけない食材が入っていたせい。

 段々と具合が悪くなって、おトイレに行こうとした時はもう遅かった。なんとか廊下までは出たけど……こんな記憶、わたしだって早く忘れたい。

 そもそも学期最初の自己紹介でも病気の治療で学園に来たからご迷惑をかけたらすみませんって言ったのに。

 A子さんとB子さんの顔をゆっくり交互に見てからもう一度。

「わたしはお花摘みに行きたいんです。何のご用ですか、意地悪なクラスメートA子さんとB子さん」

 Z子さんまで増えたら嫌だなぁと思っていると

「廊下で何をしている。朝会を始めるぞ。教室に入りなさい」

 二人からは正面、わたしには本日二度目の後ろからお声がかり。

 振り向かなくても分かる。この声は担任の土幸どこう先生。

 わたしは振り返って朝のご挨拶。

「おはようございます」

「ああ、お早う」

 土幸先生は顔のつくりが綺麗なのにお化粧もしなくて、日焼けして肌は浅黒いし口調はぶっきらぼう。

 だけどほんとは優しいから生徒の人気も高い。

 学園生活でのわたしの相談役を押し付けられた先生でもある。

 イレギュラーな入学にイレギュラーな入寮。市立の小学校から私立の名門女学園中等部なんて、わたしだって迷惑だと思う。虚弱じゃないけど体力もあんまりないし。

 それでもいきなり入学させられて話し相手もない一人暮らしにメソメソしているわたしに土幸先生は優しかった。

 放課後に話をする場を設けてくれたり、習ったことのない行儀作法の個人授業をしてくれたりといくら感謝しても足りないくらい。

 何にせよ、わたしはおトイレに行きそこなって朝会が始まった。


 勉強は、そんなに嫌いじゃない。新しいことを知るのは楽しいし、知識はお話し書きにとっても役に立つ。

 でも、数字は苦手。できる人はパズルと同じって言うけど、頭の中がこんがらがって糸がぐしゃぐしゃってなっちゃう感じ。

 あと困るのは行儀作法の授業と薙刀! 薙刀ですのよ。身長が低いからあんな長いぼっこを振り回すなんてとても無理。

 そんなのも古い時代の名残らしくて淑女に育て上げ良妻賢母を目標に掲げてなんとかかんとか。

 最近はグローバル化がなんとかで世界に通じる女性をってなっているとかなんとかかんとか。

 ここにいればお嬢様。卒業すればできる淑女として仕事も将来の伴侶としても求められるっていうお話……らしい。

 中学生のわたしには妻も母も想像もつかないし、まず好きな人って感覚が分からない。

 そういう意味では、意地悪な同級生A子さんとB子さんは、分かるんだろうな。

 二人は高等部の綾小路様が好きだし、小夜子さまもミステリアスで素敵と教室で話してたし。それまでこそこそ話していた二人が直接わたしに嫌がらせをするのは、綾小路様と小夜子さまがわたしにかまって下さっているのが原因。

 野生児が文明社会に放り込まれて困っている状態だから、お優しい高等部のお三人が助けて下さるだけなんだって意地悪な同級生A子さんとB子さんが分かってくれればいいんだけど……

「困っている事は無いか?」

 四時間目の授業が終わって食堂に向かおうとしたわたしは土幸先生に呼び止められた。

「特にありませんけど?」

「そうか」

 土幸先生がわたしの頭を撫でる。

 食べる場所は違っても食堂に行くのは同じなので黙って一緒に廊下を歩く。

 もしかして、これも反感を買っているのかも……

 食堂の入り口で土幸先生とわたしはお別れ。

 職員と生徒は無料。いくつものランチメニューから選択できるので発券機に行く。

 わたしは管理食なので選択の余地がないから、そのまま受取カウンターに行こうとして――回れ右。

 入り口から見える厨房の食器洗浄機に☆のマグネットで献立が張ってある。

 あれは、わたしのお昼ご飯に毒が盛られたことを知らせる合図。

 毒と行っても普通の人には何ともない食材。でもわたしには悪影響があっておじいちゃん先生から止められてる。

 二年生になって早々に恥ずかしい姿をさらしたのもそれが原因。

 あの時も食べている時に

(ん?)

 と一瞬は思ったものの微かな味だったし管理されている食堂で、なおかつわたしの好き嫌いは関係のなく出されている特別食に毒となる食材が入っているとは思わなくて、いつも通りに食べられるだけ食べた。もぐもぐ。

 その日は体調が良かったのか毒の量が少なかったのか、すぐには症状が出なくて午後の授業が始まってしばらくすると目の前がクラクラして嫌な汗がダラダラ。

 お腹も痛くなって、小さくげっぷを一つ。そうなるともう込み上げて来るものが……

 急激に具合が悪くなって説明する余裕のないわたしは、いきなり席を立って先生の声にも耳を貸さず、おトイレに向かって教室を出た……けど間に合わなくて。

 人は異物や毒が身体に入ると、とにかく放出しようとするって聞いたことがある。

 だから食中毒なんかも点滴しながら体外放出するしかないらしいし。

 気が付いた時にはお隣の病院で寝ていて、《片付け》はフラリと中等部に現れた小夜子さまがしてくれたって後で聞いた。わたしが小夜子さまに頭を上がらなくしてる理由の一つだったりもする。

 そんな訳で、わたしは購買――なんと、お嬢様が学校にも購買部があるのだ――で、あんぱんと牛乳を買った。

 わたしにとってはお馴染みの離れた図書室に向かい、建物裏の木漏れ日が綺麗なベンチでお昼ご飯。

 木に遮られた向こう側にはテニスコートとグラウンドがあるけど、お昼休みで生徒もいなくて静か。

 あんぱんもぐもぐしながらわたしは考える。

(いったい誰なんだろう)

 学期当初にあんなことがあって、ちょっと問題になっちゃったのだ。

 他の人と同じにするといつ毒が混在するか分からないから管理された特別食なのに、使われるはずの無い食材が使われて大事な実験体が倒れちゃったら、そりゃあ問題にもなるよねぇ。

 翌日に食堂に行った時は何人か見知った人がいなくなっていたから、きっと関わっていたんだろうなぁ。

 問題になったのにまだ続くんだから、よっぽど裏にいる権力者の力が強いに違いない。

「ふふふふふふ……」

 高層ビルの上でワイングラスを片手にニヤリと笑う黒い影で顔の見えない権力者を想像していたら口から笑いが漏れてしまう。わたしは慌てて口を押えた。

 きょろきょろ……誰もない。ほっ。

 そんな風に毒を盛られるのはランダムでも続いたから、意識しなくても身体が反応するようになっていった。

 何度か口に入れた瞬間に吐きだそうとしてダッシュで洗面所に行ったりしているうちに食器洗浄機に付いた☆のマグネットに気付いた。☆のマグネットに気付いたその日の昼食は、はっきりと食べちゃダメだって臭いで分かったから手を付けずに食器を戻した。

 何度か同じことが続いて、わたしは誰かが助けてくれていることを理解したのだった。

「でもさー。意地悪もそうだけどさー。おこずかいがさー。つらいのよー」

 かっくんとわたしは頭を落とす。

 学費と寮費や食費なんかは特別なんとかで細かいことは知らなくても問題ないのを知っててもノートや文房具はおこづかいで買ってる。

 こうやってお昼を買うことになると、おこづかいが減ってお話用のノートが買えなくなっちゃう。

「おのれ権力者め」

 あんぱんと牛乳を手にわたしは立ち上がった。

 ……あっ、これ今書いてるアンドロイドの女の子の話に使える。

 友を裏切って富を得た悪い人が高層ビルに住んでいて女の子は復讐のために忍び込む。

 キンコーン。

 予鈴が鳴って、わたしははたと我に返る。

 またやっちゃった。

 お話を考え出すとその世界に入って、色々な意味でフリーズしちゃう。何度もお姉ちゃんに注意されたのに。

 残るあんぱんをお口いっぱいに詰め込んだわたしは急いで教室に戻る。もちろん走っちゃだめ。

 五限が終ったら病院かぁ。

 それがここにいる理由だから仕方ないとは分かっていても、やっぱり気が重いなぁ……

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