4月14日(日) 猫を追う子
4月14日(日) 天気…晴れ
〇
日曜日の夕暮れ時、僕は母親に買い物を頼まれて、近所のスーパーに立ち寄っていた。
買い物袋を下げた帰り道、僕は不意に湧き出た好奇心に釣られて、普段通る経路とは違う道を選んで歩いてみた。少し遠回りにはなるけれど、まだよく知らないこの町の地理を知れる良い機会だ。それに、自分の知らない道を歩くのは、何か新しい発見がありそうでワクワクする。
そうして、所狭しと家が立ち並ぶ並ぶ住宅地の中を歩いていると、広い公園の横を通りかかった。
広場の周りに散らばるように置かれた遊具。滑り台にぶらんこ、鉄棒。そして奥には、人が入れるほどの太さを持つコンクリ製の土管が三本、束になって積まれていた。その土管には、子どもに遊び道具であることを示すため、鮮やかな色のペンキで塗られていたが、風雨に晒されて塗装の殆どが剥げ落ち、まるで廃墟の一角のようなあられもない姿と化してしまっている。
(こんなところに公園なんてあったんだ……)
近所だけど知らなかったな、などと思いながら通り過ぎようとすると、ふとある光景が僕の目に留まる。
公園の広場の真ん中に、一体何処からやって来たのか、たくさんの野良猫が群がってきていた。おそらく十匹以上は居るだろうか?
そして、そんな猫の群れの中心に、しゃがみ込んで猫と戯れている一人の女の子の姿があった。パッと見た感じでは、僕と同い年くらいに見える。けれども、身に付けている衣服が、彼女を本来の年齢よりも少し幼稚に見せているような気がした。
というのも、その子は紺のジャージズボンにスニーカーを履き、上には茶トラ柄のパーカーに猫耳付きのフードを被るという、まるで自分も彼らと同じ猫であるとアピールするような格好をしていたからだ。
彼女の目線の先には、猫の餌であるカリカリの入った銀の皿が地面に置かれていた。猫たちはその餌にありつこうと群がっていたのだ。
僕の視線に気付いたのか、彼女はさっとこちらに振り向いた。その際に猫耳フードがずり落ちて、内側に隠れていた鮮やかな茶髪のポニーテールが露わになる。その髪型がパーカーとよく似合っていて可愛らしく見えたのだが、当の本人はそんな可愛い顔をきゅっとしかめて、見せ物じゃないとでも言いたそうに僕の方を
眉を下げたその目はナイフのように鋭く、まるで威嚇してくる猫を見ているよう。その目力に圧倒されて、僕は思わず数歩退いてしまった。
「――何よ、他人のことジロジロ見て。アンタ変態なの?」
いきなり不審者扱いされた。
「いやいや、そんなにたくさんの猫を周りに侍らせてたら、誰だって嫌でも目に付くでしょ。……だから、これだけの猫に好かれる奴って、一体どんな奴なんだろうと思って見てたんだ」
「あっそ。……で、私はどんな奴に見えたのかしら?」
「今さっき君の放った一言を聞いて、積極的には関われないタイプだな、って思った」
「あっそ、ならとっとと立ち去りなさい不審者。通報するわよ」
相手を威嚇するようなキツい態度と言葉、そしてその鋭い目付きを少しでも緩めてくれたら、きっと誰もが目を見張るくらい愛嬌のある顔になると思うのに。宝の持ち腐れであることが否めなくて、少しもったいない気がした。
「でもさ、この公園は野良猫への餌やりは禁止のはずだろ? 確か入口の看板にも書いてあったはずだけど……」
「だから何なの? 何しようと私の勝手で、アンタには関係ないことでしょ」
とことん相手を突き放しにかかる口調に対して少々苛立ちを覚えた僕は、そんな彼女に反抗して、もう少しこの場に留まってみようと決める。
「……いや、僕にも多少なりは関係あると思うよ」
「は? 何がよ?」
「君、猫が好きなんだろ? 僕も猫が好きだ」
僕は彼女の周りに群がる猫たちの前にしゃがんで、一匹の野良猫の背中を撫でる。その毛並みはサラサラとしていて、毛布のように滑らかで暖かかった。
「……べ、別に、好きでこんなことしてるわけじゃないし」
女の子は少しうつむきながら、ぼそっと言葉を返す。
「……一週間前、私の家に居付いていた猫が、突然何処かへ行ったっきり、戻って来なくなったの。だから、こうして近所の猫たちに見境無く餌付けしてやれば、そのうちひょっこり戻って来るだろうと思ってたの。でも全っ然ダメ。折角私の少ないお小遣い叩いて餌買ったってのに……ちっくしょ……」
見た目は少しボーイッシュな感じもあり、うっすら小麦色の肌をした彼女は、少々口はキツいけれど、心の中では居なくなってしまった猫のことをかなり心配しているようだった。
「勝手に外をうろつくなってあれほど言ってたのに、私の言うこと聞かずに勝手に出て行って……心配するこっちの身にもなれっつーの。手の掛かる奴の世話するのってマジで面倒臭いんだから」
それは分かる気がした。僕の身近にも一人、そんな風に自分勝手で、手の付けられない厄介な奴(人間)がいることを思い出す。
――ちなみに、彼女の探している飼い猫の名前は「トラ」と言うらしい。多分ここら一帯を聞いて回っても同名の猫が五、六匹くらいは挙がりそうな名前だ。でも、名前の通り綺麗な虎柄をした猫らしいから、一応外に出る際は気に掛けておこうと思った。
「もし、その猫を見かけたら報告しようか?」
「……別にいいわよ、自分で探すから」
「でも、もし僕がその猫を見つけたら、どうすればいい?」
そう尋ねると、女の子は
「アンタ、この近くに住んでるのなら、美斗世第一高の生徒なんでしょ? 私も同じ。一年E組、
やっぱり彼女は同級生だった。E組の生徒だと言っていたが、もちろん名前は初耳だ。僕らの学校は一学年に十五もクラスがあるものだから、例え同じ学年になったとしても、クラスが違えば互いは赤の他人であるという感覚が強い。実際に、虎舞の顔を見るのも今日が初めてだった。
「僕は
「あら、アンタ同級生なのね。研修合宿には行ったの?」
「うん。ろくな合宿じゃなかったけど」
「でしょうね。私は事前にそれが分かってたから、堂々とボイコットしてやったのよ。……まったく、高校生になってようやく気ままな青春を送れるかと思えば、初っ端から勉強勉強、おまけにウチのクラス担任は救いようのないハゲオヤジだし、クラスメイトはどいつもこいつもクソ真面目かスポーツ馬鹿な奴ばっかりだし、もう最悪」
腕を組んでそう言い張る虎舞。自由奔放でプライドが高くて、反骨精神
延々と愚痴を聞かされる前に退散しようと思った僕は、虎舞の名前と顔を覚えてから別れの挨拶を交わし、そそくさと公園を後にした。
(――でも、外見から性格まで猫みたいな彼女だからこそ、あれだけたくさんの同胞を集めることができるのかもしれないな……)
帰り道を歩きながら、僕はふとそんなことを思った。
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