4月9日(火) クラス内情
4月9日(火) 天気…雨
〇
編成されてからまだ日の浅い僕らのクラスで、少しずつ会話が芽生え始めた。
最初は皆、初めての相手に対して慎重になっていたけれど、いざ話してみると、双方の間にあった壁は意外とすぐに崩れてしまうものだ。
特に女子はその傾向が強かった。一度口を開けば、それからはもう次から次へと会話が口から飛び出してくる。そうして互いにSNSを交換さえすれば、もう完全に友達として認められたも同然だ。
この調子だと、あともう数日も経てば、仲の良い子同士で集まったコミュニティが教室内に出来上がっているだろう。
……けれども、あの不思議ちゃん――紬希だけは例外だった。
彼女の周りには、一向に誰も女子が寄り付かなかった。初めての自己紹介であれだけ強いインパクトを残してしまったものだから、気味悪がって誰も近寄ろうとしないのだろう。
そして、そんな紬希本人はというと、誰も近寄って来ないことを別段寂しくも思っていないのか、自ら他のグループに紛れ込むような真似もせず、自分の席で大人しくしていた。
……が、それとは別に物好きの男子が数人、紬希の周りに群がっていた。
寡黙で可愛らしい
皆、
「なぁおい、おまえ紬希と話せたのか?」
「ああ、でもぜ~んぜん駄目だったよ。ウンともスンとも言わないでただじっとこっちを見てくるだけ。あれじゃ会話も続きやしねぇ」
「俺も俺も。何を言っても完全に無視されてさぁ。デートの『デ』の字を切り出す前から撃沈だったよ」
「見た目はめっちゃカワイイのに惜しいよなぁ。あれじゃ、まるで口を利かないまま座ってるだけの人形みたいじゃん」
男子たちの会話を側で盗み聞きしながら、僕は一人「やめておけよ」と頭の中で独り
昨日初めてあの子――紬希と会話したけれど、正直友達(話し相手)が縫いぐるみしか居ないという時点で、彼女は変わった奴だと僕は思った。
……まぁ、クラスみんなの前であんな自己紹介をした時から、かなりぶっ飛んでいる性格だとは思っていたのだが。
もし今、紬希があのボロボロなクマの縫いぐるみを取り出して、呑気に一人語りでも始めたら、あの男子たちは一体どんな顔をするのだろう?
そんなことを一人頭の中で妄想しながら、僕は突撃しては撃沈してゆく哀れな男子たちを傍から面白げに見つめていたのだった。
〇
放課後、帰りの支度を終えて教室を出ると、玄関で靴を履こうとしている紬希と鉢合わせてしまった。
僕は知らない振りを決め込んでそそくさと靴を履き、その場を立ち去ろうとしたのだが……
「……待って。凪咲君、私の家と同じ方向でしょ。――なら、一緒に帰ろう」
背後から放たれた紬希の一言が、逃げようとする僕の首根っこをつかんだ。
僕は「ごめん、教室に忘れ物したから先に帰ってて」と咄嗟に嘘を切り出してその場を逃れようとした。
が、ふと背後を振り返り、慌てて言葉を飲み込んだ。下駄箱の奥の方から、陰に隠れてこちらに攻撃的な視線を送ってくる男子たちの姿が目に入った。どうやら、紬希と一緒に帰る機会を得ようと集まってきた男子連中のようだ。このままここに残れば、奴らに何を言われるか分からない。とりあえず、今は一刻も早くここを離れることが先決だと思った。
「……うん、分かった」
僕は渋々、紬希と共に玄関を出て、逃げるように校舎を抜けた。
〇
「――今日、クラスの男子たちから言われたの」
下校の道すがら、僕の隣を歩いていた紬希が、唐突にそう話し始める。
「放課後一緒にカラオケ行かない? とか、今週の土曜にランチどう? とか、来週映画見に行こうよ、とか……」
紬希のもとへ突撃していった男子たちのベタな誘い文句が、彼女の口からつらつらと並べられてゆく。
(……あいつら、入学早々にそんな軽いノリで誘ったところで、相手が乗ってくれるとでも思ったのかよ)
僕は密かに頭の中でそう毒づく。
「それで、紬希は誘いを受けたの?」
気になってそう尋ねてみると、彼女は首を横に振った。
「そんなことをするより、私にはもっと他にやるべきことがあるの。……私にしかできないような、重要なことが」
「重要なこと?」
紬希の考える「重要なこと」が何なのか、僕には想像もつかない。
「うん。……多分、世界を変えるくらい重要なこと」
「……いや、スケールデカすぎだろ。テロでもするつもりかよ」
僕は呆れて溜め息をつく。
――でもちょっと待て。考えてみれば、これまで世の中を変えてきた偉大な歴史人物たちは、誰もが皆普通を逸脱した
もしかすると、彼女の変人奇人ぶりからして、本当に世界を変えてしまうだけの力を持っているのかも……
ふとそんな予感が脳裏を過って、僕は思わず彼女の方を見た。
「……だから、そのためにもまず、超能力者の仲間を集めなきゃいけないの」
(……いやいや、どうしてそうなるんだよ)
僕は首を横に振り、ふと脳裏に浮かんだ『紬希の歴史人物成り上がり説』を否定した。
やっぱり彼女はどう見ても、何を考えているのか分からないだけの、ただの平凡で可愛い女子高生にしか見えなかった。
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