リバースストーリー2−10【公国内乱短期決戦3】



◇公国内乱短期決戦3◇


 戦わずにしての勝利は、公国遠征軍にとっては予想外だ。

 バルディッシュ子爵は、登場早々に地面に頭を擦り付けて、女神ウィンスタリア様へと謝罪を始めたのだが、ウィンスタリア様は既にご立腹だ。

 しかし、子爵の要求は部下たちの投降を認めてほしいという願い……ウィンスタリア様のように言えば、救世を求めたのだ。


 だからウィンスタリア様は、物凄い形相をしながらもそれをお認めになった。

 そうされては、僕たちは何も言うことは出来ない。

 受け入れるしか無いと、そう思っていたが……一人だけ、バルディッシュ子爵に文句を言う人物がいたのだ。


「――自分の命はいいから部下を、ですか。自己犠牲とは……良いご身分ですね子爵」


 そう口にするのは、ソフィレット・ディルタソ。

 彼女はかつてハルバート家に仕える一族としての名家であり、武芸の一家。

 しかし、そのハルバート家は取り潰された……このバルディッシュ子爵に。


「き、貴殿は……ディルタソ家の令嬢、だったな」


 シャラン……とソフィは剣を抜く。

 子爵の喉笛に這わせ、今にも掻っ切ってしまいそうな勢いで捲し立てる。


「そうだ!!貴様がおとしいれた、ハルバート公の子息……ユン様の護衛剣士!ソフィレット・ディルタソだ!!」


「……そうか、吾輩わがはいを処しに来たか」


 ソフィは優秀な剣士。

 剣技だけなら、僕と同等の力を持つ実力者だ。

 そしてユン・ハルバート……彼は僕もよく知っている。

 若くして公の爵位を継いだ少年。しかし、彼は周囲にうとまれていた。

 その筆頭がバルディッシュ子爵。爵位だけで言えば、圧倒的な差を持つ二つの家だが、バルディッシュ家はハルバート家を上手く失墜させた。


「貴様が己の私利私欲を満たす為に奪ったものは、公国の未来を照らす人材だった……それを!!」


 剣を喉元へ。

 しかし子爵は微動だにしない。


「殺すがいい。吾輩わがはいは部下や民が助かるのなら……命は惜しまぬ」


「くっ……このっ!!」


 既に釈明はウィンスタリア様へ済ませている。

 もう後悔はないと、子爵はそう言うんだ。

 だからソフィは剣を振り上げる。


 でも、僕は見過ごさない。


「――待ってください!ソフィレット!!」


 ビタッ。


「……ル、ルー様??」


 僕は一歩前に出る。

 ソフィと子爵の間に立つように。


 何故邪魔をするのか。きっとソフィはそんな顔で僕の背中を見ているだろう。


「バルディッシュ子爵。貴殿は父の側近でありながら、こうして【女神ウィンスタリア】様への投降を決断した……戦うことなくだ」


「……それがなにか、ルーファウス殿」


「前提がおかしいのですよ。投降も、懇願も、潔さもだ」


「……」


 何もせず投降をし、部下と民の命だけはと懇願し、今まさに命を失うというのに、死を恐れない。否定しても良いはずだ……あの噂・・・が、嘘ではないのなら。


「ハルバート家、当時子息であったユン殿は……公爵の血を継いではいない。そんな噂があった」


「!!」


「なっ!ル、ルー様!それはどういう!」


 僕はソフィを手で制す。

 無言で黙らせて、続ける。


「公爵夫人は、ハルバート家へ入る前から交際している男がいた……それが、貴殿の子息であるガイディオ・バルディッシュだ」


「……」


 地面を見つめ、子爵は無言だ。


「噂とは、夫人が結婚前に、既に妊娠していたという噂です」


「……それって、まさか……!」


 ソフィも察する。

 そう……噂が本当なのなら、ユン・ハルバートは子爵の孫にあたる。


「――で、出鱈目でたらめだっ!そのような世迷言を信じるとは……コルセスカの血を引く貴殿が言うか!!更には【女神ウィンスタリア】様の威光を笠に、公国に戦火を導いた男が!!」


 火が着いた。これは確定だ。

 探られることを、真実を暴かれることを危惧しての……自死。


「無礼な!!」


 剣を向けるソフィを宥め、僕は失っていない冷静さで語る。


「僕に墓を漁る趣味はない。だからこの場で明らかにさせていただこう」


「ル、ルー様、ですがこの男はルー様に無礼を……それに、自分の孫を」


 そうじゃない。


「いえ、違いますよソフィレット。彼は、自分の孫を保護したかったんです。ですよね、子爵」


「……」


 あくまで噂。しかも極少数の、たった一件の言葉だ。

 それでも信じるに値する……その信じられる人物の言葉は。


『――なぁルーファウス。お前の親父さんの部下だけど、ちょっと面白い噂があるらしいぞ』


 彼の言葉には驚かされた。

 公国の事はほとんど知らないはずなのに、どうしてと。

 否定する事も出来たが、僕にその選択はなかった。


『この前公国の町に行っただろ?ウィズはさ、周囲の会話とかも記録するんだけど……その中にこんな噂があってさ。噂の出処は、ある貴族の館でメイドとして働いていた、ちょっと口の軽い女性だ』


 彼の能力は、見たもの聞いたものを記録する。

 その代わり、知らないことは本当に知らないらしい。

 だからこそ信頼できる。


「メディレカ・イノク。子爵の館で働き、貴方の子息の世話をしていた侍女だ」


「ど、どうしてメディレカの名を……あの娘は、随分昔に田舎へ帰ったはずだ」


「随分信頼されていたようですね。ですが、彼女は少々口が軽いらしい……路上で話しては、耳のよい少年に聞かれるんですよ」


 例え小声だったとしても、読心術で悟られるだろうが。


「ですので隠し通そうとしても無駄です。もう、ユン殿が生きていることも知っているんですよ……僕たちは」


「な!」


「嘘……ユン様が、生きて……?」


 信じられないと、そんな視線を向けるソフィ。

 すみません。内緒にしてないといけなかったので。


「場所は公国南部。子爵の妹君が住まう小さな漁村……そこに居るのでしょう?ユン・ハルバート公が。母親と、子爵のご子息と共に」


「っ……」


 既に場所も特定済み。

 そして、その姿も確認している。

 だから、ソフィが手を汚す必要はないんです。


「さぁ子爵。貴殿がそこまでする理由……お聞かせいただきましょう」


「……くっ。いいでしょう……ただし!!」


 子爵は膝の上で拳を握り、しかしそれでも譲歩を望む。

 僕のおどしは効果があったが、戦わずしてその選択をとった理由。

 それを聞かなくては。

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