エピローグ11−6【月日をかけて1】



◇月日をかけて1◇


 城が消滅し、ミオによって母と一緒に城下町に取り残されたシャロ。

 精霊の解放は着々と進む時間の中、二人は当然……険悪だった。


「あの……お母様」


「――ち、近寄らないで!!」


「ぁ……すみま、せん」


 尻すぼみするシャロ。

 視線は下に落ち、まるで自分は下水の水のように見られていると実感した。

 それ程の事をしてきた、自分が自分を捨てた結果だと。


「……どうせ、わたしの事も殺すのでしょう。陛下を、あの人を手に掛けたように!!」


「――!!っ……申し訳……ぁり」


 零れる。悲痛な思いと、戻ることのない過去の記憶が涙となって。

 しかし、シャロにも譲ってはいけない思いが出来た。

 ミオに言われた、覚悟と責任を、今後の自分で見せていかなければ。


 シャロは顔を上げ、ぐしぐしと涙を袖で拭く。

 血濡れた黒いドレス、傷付いた胸元、身体中に残る自傷行為の跡を……見ながら。


「――お母様。わたくしは罪深き女王となるでしょう……いえ、もう世界中にその汚名が知り渡っています。それでも、自分の犯した責任からは逃げません……」


「あの人の命を奪った罪は!」


「……償います。ですが、今はできません」


 王妃はツカツカとシャロに歩み、両肩をガシリと掴んだ。

 「っ!」と一瞬の痛みを伴うも、シャロはその恨みの視線を受け止める。

 自分が捨て去った命、代わりになった人物が起こした騒動、しかしはたから見れば、シャーロット・エレノアール・リードンセルクがやった事に変わらない。

 だからそのまま受け入れる事にした。例え母から与えられるその視線その意思が、仙道せんどう紫月しづきの感情と同じだとしても。


「この――!!」


 復讐の連鎖は自分で終わらせなければならない。

 死後はきっと地獄だろう。


 振り上げられた母の手で罰が与えれれるのならどれほど楽か。


 パンッ――!!


「ぅっ!!」


 頬に走る痛みは、軽いものだった。

 遠慮されたのが分かる、仕置程度の平手打ちだ。


「……お母、様?」


 フルフルと震える王妃。

 シャロは頬を押さえながらも、その様子に戸惑いを覚える。


「……シャーロット、貴女は父親を……国王を手に掛けたのです」


「はい」


 王妃は両手で顔を覆い、涙を流しながら。

 シャロは真意を探るようにしながらもうつむき、言葉を待つ。


「それでも、貴女はわたしの娘で……この国の未来を担う若者で、女王なのです」


「……え」


 予想外の言葉だった。

 しかし、アリベルディ・ライグザールの言葉を思い出す。

 奔放だった王妃に、頼りない国王、命を放棄した娘は……変貌し国を滅ぼす。


「わたしは駄目な母です。独りよがりで、あの人の寵愛ちょうあいを知ることもなく過ごして……ですが、あの人が死に、気付くことになりました」


「……わたくしが、手に掛けました」


 紫月しづきが奪った父の命。

 その時の感覚は、当然シャーロットにも伝わっている。


「必要だったと……そう言いなさい。言うのです!!」


「え、ですが」


「いいから言って!!そうでもしなければ、わたしは……一生、貴女を」


 シャロは気付く。

 これは、前に進もうとする意思だと。

 貴族出身の王妃だ、国の大切さは心得ている。特に王族は、国そのものと言っても過言ではない。


「お母様……わたくしは――父を、愚王を手に掛けました!!」


 心を殺し、涙を堪え。

 共に前へ進むために。


「ええ」


「国中に徴兵ちょうへいを行いました!小国を取り込むため、二人の大臣にあの手この手を命じました!」


「ええ、ええ!」


「聖女の人体実験も、わたくしが許可を出しました!全て……わたくしが……!!」


「……え、ええ……ぅ、うぅ……!」


 酷い内容だと誰もが思う。

 民衆は称賛を与えず、徐々に国から離れている。

 かつての王国のような輝きは、たったの数年では取り戻せはしないだろう。


「でも!!それは未来に、我が女王国の未来に必要だと……思ったから!!」


 勿論、これは全て方弁だ。

 無理矢理にでも納得させるための、二人の譲歩。

 だがこれで、二人は復讐へと向かわない。


「……わたくしは間違えました。取り返しの付かない、愚かな行為です……城も失い、臣下も失い……国民も失いました」


「……そう、ね……わたしたちは、もう」


 終わった王族。

 後の世界で、きっとそう呼ばれるだろう。

 もしかしたらリードンセルクの名は、世に残らないかもしれない。

 それでも、今出来る事は。


わたくしは世界に償います。犯してしまった罪から逃げず、一度捨てた命……救ってくれた彼の為に」


「そう、ですか……シャーロット、貴女は……まるで、昔の貴女のようになったのですね。病になる前の、明快な貴女に」


「あ……お母様」


 その母の明るくなりつつある表情に、頬の涙の跡を隠すシャロ。

 そしてそれと同時に、少し離れた場所から声が掛かる。


「――セルニア様!!」


 声は、この場に駆けつけたジェイル・グランシャリオだった。

 その後ろにはジルリーネもいる。

 王国騎士団長だった彼は、王妃セルニアの事も当然知っている。

 それに、豹変する前のシャーロットの事も。


「ジェイル!?」


「グランシャリオ、そなたでしたか……」


「シャ、シャーロット殿下……い、いえ、女王陛下」


 頭を垂れ膝を着くジェイル。

 長年務めたのだ、所作は染み付いている。

 しかし、敬意はもう無い。ただの略式だ。


「ジェイル、どうしてこの場に?」


「??……貴女様は、本当にシャーロット陛下……でしょうか?」


 険しい顔で、ジェイルはそう問う。

 かつて自分が仕えた、病弱で気弱な少女に見えたからだ。


「はい。貴方の知る……シャーロットです。ミオ様のお陰で、戻ってこれました」


「な!!ミオだと!?それはどういう――」


「お、おいジル!」


 いくらエルフ族の王子と王女といえど、不敬は不敬。

 しかも失われた国のだ。シャーロットは勿論、王妃も生まれてはいないのだ。


「いいのですジェイル、それよりも……お二人はやはり、ミオ様を?」


「わたしの弟子だ」


「おい!!」


 焦り散らかすジェイルとマイペースなジルリーネ。

 しかしその空気感が、二人をなごませた。


「ふふっ……ミオ様は、呪われたわたくしを解放してくれました。ですが、リードンセルク城の崩壊とともに、残されています」


「……この異常な魔力反応も、それに関係していると?」


「はい。精霊の解放……と」


「なっ!」


「やはりか、【精霊エルミナ】の気配と似ている……」


 ジェイルは驚くが、ジルリーネは似た気配である存在に勘付いていたようだ。


「よし、では城の跡地とやらに行くぞジェイル。ミオが気になるし、【ステラダ】へ帰らねばならないだろう。善は急げだ」


「あ、おい!!セルニア様、シャーロット様……は、話は後日!!国境の村【アルテア】!!くっ、ジル!!首を掴むなぁぁぁ!」


 そう言って、ズカズカと向かって行った。


「あ、嗚呼あぁシャーロット……ですがわたしたちは、これからいったいどうすればいいのでしょう??」


「……た、たくましく生きるしかありません。大丈夫です、わたくしには力が、残された知識と技も、新しく出来た絆もあります」


 胸に手を当て、身体に融け込んだ【オリジン・オーブ】、紫月しづきの知識や運動能力を実感する。

 確かに残っている、残されている。


「大丈夫。城などなくても生きていけます……お母様は、必ずわたくしが、守りますので。これは――誓いです。この数年を生きたもう一人のわたくしと、新たな友に」


 顔を上げ、母を見据えて宣言する。


「シャ、シャーロット……」


 二人の本当の母娘おやこ関係は、ここから始まるのだろう。

 今後も関係性がギスギスする事もあるだろうし、深刻化する可能性すらある。

 だが、誓いは揺るがない。シャーロットは紫月しづきに、そしてミオ・スクルーズに誓うのだった。

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