エピローグ11−5【精霊5】



◇精霊5◇


「――はっ!!っすは〜〜〜〜〜!ぷはぁぁぁぁ〜〜!」


 失ったと思われた意識が覚醒した。

 終末かと言うくらいに、もう死んだかと思うほどの展開から。


 しかし、目が覚めるとそこは知らない天井……というより天幕に見えていた。

 まるで馬車の中で眠った時の、安い麻の布を思い出すようだとミオは思った。


「い……生き、てる……よな」


 左胸を触り確かめる。

 心臓は動いてくいるし、大穴が開いた肺の呼吸も正常……それだけで安堵する。


「――ようやく目覚めたか、ミオよ」


 聞き覚えのある声に、ミオは思わず


「あぁはい……って!!そ、その声――ジ、ジルさん!?」


 ガバリと起き上がると、自分の居場所はやはり馬車の中だった。

 そして、自分を介抱していただろう女性が、優しく微笑む。


 ジルリーネ・ランドグリーズだ。


「ああ、おはようだ。ミオ」


「おはよ――じゃなくて!!な、なんでジルさんがここに!?」


 ジルリーネはミーティアたちと共に【ステラダ】に居たはずだと、ミオは問う。


「……それを話せば長くなるが、御者席にいる阿呆あほうのおかげだ」


「ア、アホ?」


 首を傾げて確認。

 手綱を引くのは、ジルの血縁者。

 ジェイル・グランシャリオだった。


「ジェイル……あ。まさか、最後に見た影って」


 意識を手放す瞬間に見た、物影から蠢いた影。

 あれがジェイルだったのだと気付きポンと手を叩く。


 そしてジェイルは、自分にミオが気付いたのを確認し口を開く。

 御者席で手綱を握りながら。


「……俺はあの後ミオと分かれ、周辺の町や村から調査を始めた。しかし直ぐに、あの黒糸の魔物が出現してな」


 後ろ姿のまま、ミオに語るジェイル。

 少しだけ砕けた感じに見えて、ミオは嬉しかった。

 二人が共にいることが、答えなんだと。


「ああ、それで?」


「一人ではどうにもならん。だからこれ・・で【ステラダ】に戻った……そこで、お嬢様に頼んでジルに来てもらった……」


 ジェイルは肩越しに、ミオが贈った銀の【オリジン・オーブ】を見せる。

 これで【転移てんい】してきたのだと。


 「ほぅ」とミオは顎に手を当てる。

 ジルリーネを見ると、気恥ずかしそうにしながらも。


「こ奴、わたしに頭を下げたんだ。地面にめり込む勢いで、お嬢様……じゃなくて会長やセリス殿下もいたというのにだぞ?」


 ふふふと笑いながら、兄の恥ずかしい話をする。

 しかし、非常に笑顔だ。


「お、おいジル……それ以上は止めろ、俺はミオに言われて改心したんだ。今後を見てくれ」


「はははっ、分かっているよ」


(そっか、よかったな。二人と――)


 二人共、と心の中で思っていると、真横に気配を感じた。

 今の今まで気付かず、隣りにいた事をさえ理解出来なかった存在。

 バッ――と首を曲げて、その姿を確認する。

 バクバクと鼓動する心臓に戸惑いながらも、ミオはその少女・・に。


「……だ、誰?」


「ん、精霊・・だよ?」


 言葉もなく絶句するミオ。

 目を見開き口をあんぐりと開け、ギギギと錆びたブリキのように首をジルリーネに移すが、ジルリーネはササッと視線を逸した。


「どういう事だ……君たち精霊は、アリベルディ・ライグザールと一緒に行ったんじゃ?」


「ん〜……だって、君が望んだから」


 口元に指を這わせ、その精霊は小首を傾げた。


「俺が望んだ?いったいどう言う……」


 自覚はないし、そんなつもりはなかった。

 むしろ精霊が敵になることを想定していたミオ。まさか自分の隣にその精霊がいようとは。


憑代よりしろを、君が持っていたから。だからキュアはここにいる」


「キュア?それが君の……あっ!」


 そこで思い出すのは、ライグザール大臣の言葉。

 精霊の名は、特定名があると。キュアがそれだとしたら、どのような精霊かは見当が付く。


「キュア……癒やしや回復、って事か」


「そ。君が持っていた憑代よりしろが、キュアにピッタリだったから」


「俺、そんなの所持してたか……?」


 自分の身体を確かめる。

 すると……あるものがない。


「ん、あれ……【オリジン・オーブ】。白の【オリジン・オーブ】は!?」


「はぁ〜、それが憑代よりしろだよ。君は案外、天然さんかな?」


「ぐっ」


 初対面の少女に呆れられて、若干恥ずかしそうにするミオ。


「でも、まさか【オリジン・オーブ】を憑代よりしろにするとはな……」


「だって君が望んだでしょ?キュアが必要だって……回復が、治癒が必要だって」


「お、俺が……?それっていったい――ん、回復?」


 それは、ミオが気を失う直前。

 この世界には存在しないと言われる、回復魔法が必要だと思案した記憶。


「そう。精霊はそういう生き物だよ?他の種族の願いを叶え、契約し、そして生きるための糧、魔力を貰って生活するの。キュアは治癒の精霊だから、君の願いに答えただけ」


 その為の憑代よりしろが、【オリジン・オーブ】だと。

 つまり、EYE'Sアイズが一人消えたことになる。


(そ、そこはまだいい、顔も名前も知らないしな……でも、この子は今後、まさか俺と一緒に??)


「なぁに?」


「い、いや別に」


 眠そうな目に、白い髪。

 白く短いドレススカートから見える生足はとても白く、人間とはやはり違うのだと思わせる。見た目は十代の少女だが、実際の年齢などはどうなっているのか。

 そんな事を考えていたミオだが、あることに気付く。


「――あぁぁぁ!!」


「ど、どうしたミオ!いきなり……顔が青いぞ」


「ジジジ、ジルさん!」


「ひゃっ!な、なんだ急に!引っ付くなびっくりするだろう!!」


「痛たぁ!!」


 バシッ――!!と。

 足元に這うように迫ってきたミオに、赤面して頭を叩くジルリーネ。


「シャロ、じゃなくてシャーロット女王は!?王妃は!?」


「……そういう事か」


 険しい顔に変わるジルリーネ。

 事情を知らねば、誰でもそうなるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る