エピローグ11−4【精霊4】



◇精霊4◇


 それぞれの場所で精霊を認識し始める。

 そして発端の、くさびが解かれたリードンセルク城の跡地では。


「精霊が散らばっていく。一体何処に行くって言うんだ」


「――世界各地だ。精霊は実態がないからな、憑代よりしろを求めて彷徨さまよい、万物に宿るのさ……【死葬兵ゲーデ】のような、意思のない存在や、草木、水に火……金属、なんでもいい。そしてそれが、精霊の力のみなもとになる」


 アリベルディ・ライグザールの言うように、プカプカと浮かぶ魂らしき光は、【死葬兵ゲーデ】の胸に入り込んでいく。

 その数、およそ三千人。


「【死葬兵ゲーデ】に、いや……それでも足りない。あっちに行った他の精霊は!?」


「何処でもいいのだよ。今言ったように存在さえあれば、なんでもいい……それに合った精霊が宿るさ」


 精霊には固有の名がある。

 人とは違い、姓名ではなく……精霊を特定するための名だ。

 それは単純で、炎の精霊ならファイアやフレイム、ヒートなど、言葉の数だけあると思っていい。


「もしも君が精霊なら、ミオが名で……スクルーズが特定名だ。単純だろう?」


「じゃあ……アレはなんだよ。あのヤバそうなのは、出てこないじゃないか」


 空間に亀裂が残っている。

 その奥には、紫月しづき以上のヤバさを見せる、女性らしき影。

 ライグザールは目を細めて。


「――俺は彼女に会いたかったのだ。クイーンよ」


「クイーン?女王だってのか、あの影が」


「そう。全ての精霊を生み出した始祖であり、最強の力を持つ存在……神を超える、異世界から招かれた人物」


 だが、出てくる気配はない。

 亀裂の中は、陽炎かげろうが揺らめいてるように見える。

 しかしその更に奥にいる影は、一切動かないのだから。


「アンタはあのクイーンってのに会ってどうするんだ。この【リードンセルク女王国】の後始末……考えてもないくせに」


「それは当然だ。元々、滅びる運命だったのだよこの国は。俺はそれを利用したに過ぎない……」


 無責任だと、ミオは思う。

 しかし口には出来なかった。

 それをしたら、今直ぐにでもクイーンと戦うことになりそうで。


「どうすんだよこれから、滅びるって事は……アンタたちはこの国を拠点にするつもりな無いんだろ?」


「無論だ。こんな場所には、精霊の封印場所以外に価値はない」


(ひでぇ言い分だな)


 しかし、それも事実になり得るのが現状だ。

 実際に、ミオが管理する【アルテア】にも、既に多くのリードンセルク出身者が移住してきている。

 今回の騒動を加えれば、更に増えるだろう。


「価値はなくても人がいるだろ。アンタの息子だって」


「アレは……実に口惜しい。もう少しだけ、我慢強さと器用さがあれば、上手く立ち回れたものを。アバズレの転生者に転がされおって」


「なら何故放置したんだ。アンタなら……止められたんじゃないのか?」


 詮索せんさくを隠す気もなくミオは問う。

 無論、答えはもう知っている。聖女に、【死葬兵ゲーデ】の試作を作らせるためだと。


「止めることはしない。アレも男だ、そういう時もあろう……」


 フフンと笑う筋骨隆々の中年に、ミオはげんなりしながら。


「それでいいのかよ、ほぼ操られてたぞ。まぁ俺からすれば、ありがたくはあったが」


「ミーティア嬢の婚約者だったからな。そこだけは残念だ、彼女は――いや、よそう」


「?」


 何かを言いかけたライグザールが、空間の亀裂を見る視線に険しさを乗せた。

 ミオも魔力の感覚では感じている。


「クイーンよ、まだその時ではないと……そういう事か」


「出て、来ないのか」


 ミオは内心、ホッとした。

 余りにも強力な気配に加え、今のミオは満身創痍。

 本当は立っているのも辛いし、会話で誤魔化してはいるが、ライグザール大臣とも戦わないようにと計算している。


「――難しいものだ。あと千年は必要か」


「せっ……!?」


 ミオの驚きは、このような展開を千年後も続けるつもりなのかと言う感想と。

 このライグザール大臣が、千年後もみずからの手で示そうとしている事が分かったからだ。


 そして、亀裂は薄れる。


『……』


 亀裂の中の女性が、ミオを向き笑みを浮かべたように見えた。

 ミオは咄嗟とっさに腕を押さえる。震え出したからだ。突然、笑いかけられて。


「……!?」

(お、落ちつけ……アレは出てこない、アレは出てこない!)


「さらばだクイーンよ、いずれ必ずや……その力を俺のものとする事を誓おう。それまでは眠るがいい……クイーンの娘たちが、この世界で羽ばたく夢を見て、な」


 スゥゥゥ……と、亀裂は完全に消え。

 そして異常なまでの魔力反応も消える。

 背中まで、汗でびしょりと濡れたミオは心底安堵した……しかし。


「さて、それではミオ・スクルーズ」


「うっ……な、なんだよ、大臣――って!!おっとぉ!?」


 パシッ……と、ライグザールから投げられた物をキャッチしたミオ。

 反応して受け取ってしまったが、それは。


「――オ、【オリジン・オーブ】!?なんでこれを俺に!」


 受け取ってしまった物は、白の【オリジン・オーブ】だった。


「もう必要ないからだ。それの魔力を、精霊を空間から連れ出すためだけに使用した……俺にとっては普通の魔法道具となんら変わらん。くれてやるさ、お前の周囲には、既に四人集まっているのだろう?」


「っ!?……把握済みかよ」

(全部知ってても、今までずっと行動しなかったのかよ……精霊って種族のためだけに、何年……いや、もしかしたら何百年も)


 歴が違うと、直感で思ったミオ。

 自分に比べたら、昨日今日のレベルなのだろうと。


「いいのかよ、これで……シャロを合わせたら六人揃うぜ?」


 ミオが言うのはEYE'Sアイズの事だ。

 ここまで周到な男、ライグザールは全て知っている可能性を考慮しての言葉だが。


「……構うまい。既に精霊が解き放たれている以上、女神は二の次となろう」


「へぇ。んじゃ、ありがたく貰うよ。だけど、後悔すんなよ……?」

(そこまでなのかよ、精霊ってのは……)


「君こそ、くれぐれもミーティア嬢をよろしく頼むよ」


「あ?」


 何だか意味深だと、ミオは勘繰ったが。

 ライグザール大臣は背中を見せて歩き出す。精霊が憑代よりしろとした、【死葬兵ゲーデ】たちのもとに。


「おいおい、あれをどうするつもりなんだよ……三千人はいるんだぞ」


 三千人の精霊となった人たち。

 意思のない人形から、精霊へと昇華した……新種族。

 精霊は元の憑代よりしろの姿を変質させ、世界にあった姿と形成される。

 姿は男に女、獣に小人など……様々だ。


「……行った……見たい……だ、な……」


 我慢の限界。

 大根演技もよくしたものだと、ミオは膝を着く。


 かひゅ……こひゅ……と、息が漏れる。

 紫月しづきと戦った時の心臓は【無限永劫むげん】で戻したが、肺は別だ。

 それに、大臣に撃たれた肩からの出血が酷い。


「……」


 荒れ地となった城跡。

 誰もいない荒野にただ一人残されるミオの意識は、ドンドンと暗くなっていく。

 遠ざかる、薄れる。


「……やべぇ……かな、これ」


 つくづく思わされる。回復魔法が必要だと。

 この世界には存在しない、魔術による治癒。

 能力ですら貴重であるその力を……ミオは欲する。

 今後の為に、未来の為に。


 薄れる視界に映る物影。

 そこから這い出てくるような、蠢くような何か。

 何処かで見たような、最近見たばかりのようなそれを目にして……ミオ・スクルーズは意識を失った。

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