エピローグ11−2【精霊2】



◇精霊2◇


 空気が揺れ、体内の魔力が振動する。

 それはこの世界の魔力を持つ人ならば、誰でも感じることが出来る予感であり、感覚。


「な、なんなの、この肌を刺すような感覚……お父様!!」


 自分の身体を抱き寄せながら、ミーティアはこの異常事態の何か・・を知る父親に言葉を投げかける。

 しかし、その父ダンドルフ・クロスヴァーデンは。


「……始まったようだ。愚王シャーロットは地に落ち、くさびが解かれ古の霊たちは目覚める……あの方の言う通り、やはりこのリードンセルクの地は封印だったのか」


「何を言っているのですか!」


 戸惑いを隠せないミーティアに、ダンドルフは手を差し伸べる。

 話すつもりはなく、強引にでも娘を連れ去る。

 その腹なのだろう。


「さぁミーティア、こちらへ来なさい」


『――いけません、ミーティア』


「分かってる、でも!」


 ちらりと見える、苦しそうに腹部を押さえるセリス。

 父の持つ武器は、セリスに向けられているのだ。

 ウィズの言いたいことも分かる、でもどうしようもない。


「お前には、あの方の子を産んでもらう。その為に……」


「――そ、それが娘に言う言葉なの!?」


 人とは思えない。

 父は人格が歪んでしまったと、ミーティアはそう思った。

 しかしダンドルフは意に返さない。自分の意志が全て正しいのだと、その思いだけで娘に言葉を投げる。


「先祖返りのお前なら、帝国の栄光を取り戻せるのだっ!」


 その言葉に、ピクリと反応する人物。


「……帝国、ですって……?いい話じゃないわね、私にとっても」


「セリス……」


 なんとか立ち上がるセリスが口にする。ミーティアは心配そうに支える。

 セリスは、軽々しく、しかも意味深に帝国と言われて、当の皇女の自分がへたっている訳には行かなかったのだ。


「黙ってて頂こう、いつわりの帝国皇女」


「なんですって?我が【サディオーラス帝国】の血筋は、貴方のような……娘を売りに出すような愚かな真似はしないわ!!」


 セリスにも譲れないプライドがある。

 更には近年の出会いが、彼女を変えた。

 帝国国内で過ごす人生だったのなら、絶対に得られない経験……ミオとの出会い。


 似たような考えと思想は、セリスにもモチベーションを与えた。

 今は意識を失っているユキナリ・フドウも、バラバラに行動中の【帝国精鋭部隊・カルマ】の仲間たちも……信頼を築いてきた自信がある。


「……ふっ」


「き、貴様ぁっ!!」


 そのあざけるような笑みに、セリスは顔を赤くして怒りを見せた。

 しかし、それでもダンドルフ・クロスヴァーデンは笑みを止めない。

 それどころか、無知をさげすむ視線を二人に向ける。


「おかしな話だ。その地を奪っただけの、盗人風情の子孫である君たちサディオーラスの人間が……よもや我が物顔で語る時代が来るとはな」


「何を言って!私は……歴史ある【サディオーラス帝国】の皇女よ!」


「――その歴史とて奪い去ったものだと!何故気付かない!」


「……お父様、貴方は……いったい」


 ダンドルフは片手で、後ろの【死葬兵ゲーデ】に指示を出す。

 ミーティアを捕らえろと、セリスを殺せと。


『いけません!お二人……魔力をお借りします!!』


 結界を張る作業で疲れ果てていた二人に、戦う気力はなかった。

 だからこそ、戻ってきたウィズが、ウィズだけが行動出来る。


「な、にを」

「ウィズ……?」


 吸い取られるような感覚に、二人はゾッとするも。

 その暖かい日差しのような強さに。


「これはっ、ミーティア……来なさい!!」


「――い、嫌です!!お父様は、お母様をないがしろにしました。私が言える立場でないのは承知していますが……それでも!」


 許せなかった。

 権力と栄光の為に、家族をこまにする。

 それだけではないと、今話して感じることは出来た……だがそれでも、許せないものは許せない。


『……【矛盾叡智パラドックスウィズダム】!!」』


 二人から吸い上げられた魔力が形を成す。

 それは女性の形となり、ダンドルフ・クロスヴァーデンに立ち塞がった。


 白いワンピースを着た、水色の髪の女性だ。


「……まさかウィズ、なの?」


「それどんな原理!?」


 驚愕きょうがくする二人に、背後からヨルドが。


「皇女様!撤退するっす!お嬢様もっ!!」


「――今は行って下さいミーティア、セリスも」


「させるとでも?」


 銃口をウィズに向けるダンドルフ。

 しかしウィズは両手を広げ。


「……光よ!」


 発光はウィズの頭上から。

 その光は、ミオの使う【超震光波ちょうしんこうは】だ。


「「「「!?」」」」


 動きを止める【死葬兵ゲーデ】。

 感覚麻痺に近い作用を起こさせ、肉体に伝達される信号を止めたのだ。

 これなら、意思のない【死葬兵ゲーデ】を停止させられる。


「ならば」


 ダンドルフがウィズに向けて。


 パァン――!!チュインッ!!と、銃弾は見えない壁に阻まれて地面にめり込んだ。


「……なに?」


「無駄です。ミオの知識の中から、既にその武器の情報は得ています」


 ウィズの翳す手から、透明な壁が出現していた。

 能力を封じる弾丸を、完全に防いだのだ。


魔法・・か、厄介な」


 そう、魔法。

 能力だけを封じる対転生者用の弾丸は、この世界の魔法で防げる。


「――さぁお二人共、【アルテア】へ!!ウィズも、あの赤メッシュを連れて行きますので!」


「……ごめん、ウィズ!」

「任せるわ!!」

「コーサルをお願いするっす!」


「くっ、待て!!ミーティア……逃げられると思っているのか!!逃れられないぞ!その運命から、その血筋から!!その青い髪から!!」


 悲壮感、猜疑心さいぎしん

 かつて尊敬していた父を、ここまでの気持ちで見ることになるとは、ミーティアも思っていなかった。


「……肉親をこまにしてまで得たいものとは、酷くみにくいものですね」


「なんとでも言うがいい。それよりも良いのかな……?解放された精霊たちは、挙かこぞって君に群がっているようだが」


「……」


 【王都カルセダ】で解放された精霊たちは、各地へと散っている。

 それ以外にも、封印の起点となったあの場所が破壊されたことで、世界中の封印まで雪崩式に解かれている。それは当然、【ステラダ】にもあるのだ。


「精神体ですね、それも濃密な……エレメンタルと呼ばれる存在。固有の能力を有し、人間と契約することで力を発揮する種族」


「……!」


 神化したことで、ウィズは世界と繋がった。

 それは歴史も含まれている。断片的ではあるが、精霊の詳細も知り得たのだ。


「世界は変わるでしょう。この精霊たちは、人間と共生することで人知を超えた力を発揮します……ですがその先にあるのは――」


「知っている。だが必要だ……精霊女王も、そして娘も」


「させません」


「……」


「……」


 ジリリ……と足元が音を鳴らす。

 その瞬間。


「がはぁぁぁっ!!」


「赤メッシュ……!?」


 ウィズの方向に吹き飛んでくるコーサル。

 足元にドサリと落下。

 そしてコーサルを吹き飛ばしたのは、ザルヴィネ・レイモーンだ。


「さて、乱入者。どうするかな?」


「……」


 精霊の解放という世界の変革は、様々な場所で起こり得る。

 そしてそれは……【アルテア】でも同じだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る