10−64【夏の焔1】



◇夏のほむら1◇


 ブンッ、ブンッ、ブンッ……と、新しく建てられた訓練場に響くのは、木剣を振り回し空を切る音だった。

 広めに設計された訓練場は、ミオ君が【無限むげん】で作り上げたもので、急務だったからこそ一瞬で完成させたという経緯がある。

 他の場所は村人がメインとなって、ゆっくりと緩やかに、けれども確実に一歩一歩進んでいた。


「――はぁっ!!」


ブゥンッ――!!


「はっ、はっ、はぁ……」


 汗で濡れた肌を、新品のタオルで拭う。

 額に張り付く長い髪の毛が邪魔で、今日は髪留めで目元がはっきりと見えていた。


「……」


 身体を動かせるようになって、ようやく一週間と言ったところ。

 もうすぐ夏になるそんな季節に、私……ライネ・ゾルタールはいきどおっていた。


「この村に来て、もう半年になるのね……」


 故郷である帝都を離れて、任務なのかプライベートなのかの境目も曖昧になりそうな時間が経過しつつあって、それでも時間は刻々と過ぎて。


 私は腹部を触る。衣服の上からなぞるように。

 そこには赤い紋章があって、私の自由を束縛してきていた。


魔痕まこん、かぁ……」


 溜め息を吐きながら、何も出来なかった不甲斐なさと無力感にさいなまれる。

 ようやく剣を握れるようになったのにも関わらず、私たち・・帝国組は何も出来ていない。


「……殿下、早く帰ってこないかな……」


 タオルを肩に掛け、休憩用の長椅子に腰掛ける。

 まるでテニスの選手のような見た目だ。


 塔の村……名前はまだ決まっていないらしい。

 その村も、ドンドン大きく広がっていた。

 ただし、帝国領を除いて……だった。


 本来、帝国領土が一番進展するのがベストであり、当然の権利だと言うのはミオくんも同意のはず。それなのに北の王国領、東の公国領に遅れているのには、ある事情があったから。


「人員二名……ね」


 私が言うその数は、帝国からの協力者の数。

 私、ライネとゼクスさん、そしてユキナリ・フドウ。その三名。

 それだけなのよね……帝国の人員は。


「ミオくんはああ言ってくれたけど……帝国の名誉のためにも、なんとかしないと」


 このままでは、塔の村は王国公国に二分されてしまう。

 帝国がオマケだなんて、考えられない。


「――よしっ!!やるしかないわっ!」


 私は立ち上がり、意を決する。

 この夏に勝負を、これまでの借りを返すのだ。


「……なにしてんの?」


「え……あっ」


 私にジト目を向ける、小さな女の子。

 呆れたような、興味のなさそうなそんな視線で私を射抜く、クラウ・スクルーズ。


「あんた、大人しくしてなさいって言われてたでしょ。なに身体動かしてんのよ」


「クラウ……でもほら、もうこんなに動けるし」


 ブンブンと木剣を振り回して見せる。


「……右肩上がってないわよ、以前より」


「……」


 するどいわね……魔痕まこんの影響は思ったよりも深刻で、ミオくんの進化した【無限むげん】でも中々に解除が難しいとのことだった。

 私は、ユキナリ先輩から離れられないのだ。

 契約に近しいその効果のせいで、未だに眠る先輩の影響下をモロに受けているらしい。


「顔に出さない」


「あ、ごめん」


「まぁいいわ。少し付き合ってよ……私に」


「え?」


 私の代わりに何故か片付けるを始めるクラウ。

 テキパキと……じゃなくてかなり大雑把だけど。


「ミオに言われてね、多分……ライネが考えていることに繋がると思うわよ?」


 不敵に笑うクラウ。

 ミオくんの思惑おもわく、それが私に……私たち帝国の人間にどう影響するか、期待と不安、半々だった。

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