10−31【コメット商会10】



◇コメット商会10◇


 四月に入った、新年度と呼べるある日。

 塔の内部で作業をする俺に声をかける人物。


「ねぇミオ、私……一度帝都に帰るわ」


「はい?」


 唐突に告げられた別れは、言葉から分かるようにセリスのものだった。

 商会用の作業の手を止め、皇女様を見る。


「うん?だから帝都に戻るの、そろそろ父……皇帝陛下にもお話しないとね。それに、待ち続けても時間が勿体ないし」


「あ〜、確かに……あ、そういえば独断だったんだっけ?」


 ジェイルはまだ全然重傷。

 ミーティアのお母さんは目を覚ましたけど、安静させることを選んだ。

 だから俺との対面はまだです、会うのが怖いとかじゃないからな。


「そう。こっちにはエリアルレーネ様がいるから、とがめられない状況ね」


 うまく使うなぁ、女神を。

 だけど……それも潮時しおどきって感じなのかな。


「それじゃあ、あの話も?」


 国境村についての話だ。


「ええ、するわ。それでねミオ……」


「――行かないぞ?」


「まだ言ってない!」


「いやもうその視線で分かるっての、一緒に来いって言おうとしただろ!」


 しゃがみ込んで、俺に合わせて「む〜!」っと頬を膨らませるセリス。

 言い分は分かるさ、【転移てんい】の登録も必要だ、将来的には行っておきたいよ。でも今じゃない。


「事情も状況も分かってるわよ、でも一度行って見てもいいじゃない!?」


「ダーメ。まだティアのお母さんとか、ルーファウスたち公国の問題もあるから、村を空けられないって、分かってて言うの禁止な!」


「むぅ!!いーじゃない少しくらい!私も優遇されたいわ!」


 立ち上がり、スカートがひるがえる。

 【オリジン・オーブ】を付けたレッグベルトが見える……エロいなぁ!!


「充分優遇してるんだよコレでも!VIPだっつの!だぁぁぁくっ付くな!」


「……仕方ない」


 分かりやすくがっかりとするセリス。

 俺だって本当ならゆっくり帝国内を見てみたいさ。


「今度必ず行くよ、皆で」


「絶対よ?ミオもクラウもミーティアもアイシアも」


 ほぼ全員じゃないか。まぁいいけども。


「分かったって。約束な」


「じゃあはい」


 差し出される手。

 俺もそれに合わせて、握る。


「約束ね、破ったら戦争だから」


 こっわ!!そもそも喧嘩を売る気はないよ、こっちからはな。


「了解。また増えたな、約束」


「ふふっ、そうね♪」


 指切りげんまんではなく握手。

 皇女様との一旦のお別れだ。


「――それじゃあ私はこれで。あ、ライネとユキナリは置いていくから」


「……」


 そう言い残して、セリスフィア・オル・ポルキオン・サディオーラスは村から去って行った。





 村に戻り帝国組の施設に入ると、そこにはライネとユキナリがいた。


「まぁ気を失ってるしな……これは仕方ないが」


「あ、ミオ君……殿下のことなんですけど」


「ああ大丈夫、いいよ寝ててくれ」


 ライネは起き上がろうとするが、俺はそれを制して寝かせた。

 この子も不調が続いてるんだもんな。


「聞いたし、挨拶もされたよ」


 見たところゼクス・ファルゼラシィさんがいない。

 彼の能力が移動系だったはずだから、二人で帰ったんだな。

 そう二人で、つまりは。


「そうですか……あの、エリアルレーネ様は?」


「うん、教会だよ。今日も今日とて女神のイジり合いさ」


 主に幼女が簀巻すまきを、だが。


「そうですか……申し訳ないです、私は役立たずで、このボケナスは眠ってて」


 そいつはいつ起きるんだろうな、文句の一つも言ってやりたいが。


「まずはそれ・・に慣れることだな、そうすれば前よりも動けるようになるんだろ?」


「一説によれば……ですけど」


 魔痕まこんだったな、その下腹部の紋章……淫紋でしょって?俺もそう思ったけど言わなかったんだよ!!


「なら信じようぜ、その馬鹿も起きるし身体も良くなる。絶対だ」


 笑いかけると、ライネも「はい……」と少しだけ笑った。

 心配もあるだろうし、皇女に置いていかれたという恐怖もあるんだろう。

 説明はされただろうけど、怪我人と意識不明を連れてくのも無理そうだからな。


「ミオ君、セリスフィア殿下のこと……どうか宜しくおねがいします」


「ああ、勿論だよ」


 帝国組は信頼できる。

 少なくともセリスたちは。

 次に会えるのは少し先かもしれないが、それまでになんとか、国境付近を落ち着けたいな。

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