10−28【コメット商会7】



◇コメット商会7◇


 平原の戦闘は佳境だった。

 鳴らない剣戟はその終わりを示唆しさしており、静かに動き始める不死の兵士たちが向かおうとするのは……村の方面だ。


「……行かせは……せんっ……!!」


 ドドド――


 群がる兵士が一閃で薙ぎ倒された。

 敵の数は減ってはいない。戦闘時間はまだ数分、それだけで……ジェイルの息は絶え絶えだ。


「――がはっ……く、この……雑魚どもがっ」


 腕や足を斬り落としても、痛みを感じない兵士たちは次々と群がってくる。

 頭部すら失っても、まるでグールのように迫る。

 魔力不足を体力で補うも、どちらも枯渇こかつ状態では意味もなさない。

 吐血するジェイルの視界も血で歪み、意識が朦朧とし始める。


「……」


 言葉も出ず、ジェイルは無言で膝をついた。

 気力だけで戦っていたが、それもここまでだった。

 戦意だけは残っている不死の兵士たちは、それを見逃さず。


「――ぐっ!!ぐぁっ……がぁぁぁ!!」


 剣や槍で穿うがたれたのは、ジェイルの両の手足だった。

 衝撃で倒され、その上から何度も……何度も……何度も突き刺される。


 ザシュ――ザシュ……と、手足を張り付けにするが如く滅多刺しに。


「……すまない……ここまでのようだ……」


 誰への謝罪だろうと、自身でも思う。

 誰もいない、誰も聞いてはいない。

 手足を刺され続けるその自分の様を見ながら、ジェイルは最期の瞬間だと覚悟した。


 しかし。


「――勝手に決めんなよ」


 その声は、何度も聞いた声ではない。

 しかし分かる、それは救いだと。


「……」


 自身を刺す行為が静まると取り囲んでいた兵士たちが一瞬で――消えた。

 音もなく、衝撃もなく、ほんの些細な魔力反応だけで、視界が晴れた。


「……まだ無事だな、しぶといじゃん相変わらず」


 倒れる自分にかかる影、薄っすらと開ける瞳に映るのは、金髪の少年……ミオ・スクルーズだった。

 ミオはニカッと笑いながらジェイルを見ると、一言【無限むげん】と呟く。


「傷が」


 ミオは以前の戦いでジェイルのデータを保有している。

 だから進化した【無限むげん】で身体の操作もできた。


「魔力も体力も、血も戻らないからな。そこで黙って見とけよ、もうすぐジルさんが来てくれるさ、多分」


 上半身だけ起き上がったジェイル。

 無数にあったはずの手足の傷が塞がれ、血塗れになっているだけだった。

 ミオが「ジルさんが」と言ったのは、村に戻ったであろうミーティアが報告したからだ。


「殺せたのか、あいつらを」


 視界から消え去った兵士たちを、殺すことが出来たのかと問う。


「……仕方無いさ。俺も一定の覚悟は持ってる、元にも戻れないのなら……せめて楽に死なせてやるよ」


 低い声でそう言う。

 ジェイルは思えなかったのだ。ミオが誰かの命を奪うなどとは。


「【無限インフィニティ】」

『【無限インフィニティ】』


 手をかざし、兵士たちへ向けて能力を発動する。

 正確には、その真下……地面だ。


「まさか……!」


 兵士の数はおよそ二百。

 ミオはそれをまとめて消滅させるつもりなのだとジェイルは悟った。


「割れろ」


 するどい視線は命を奪う覚悟の表れだった。

 守るために、救うために奪う。決して略奪者になってはならないと意識しながらも、その行為は禁忌だ。


「地面が、裂けるだと!?」


 地面に稲妻が走る。

 左右に裂ける草原の大地は、神の怒りと言われる自然の驚異。

 その規模だけで村の広さを超える、地形変動だった。


 大きな地鳴りと共に、卵が割れるように一気に裂ける大地。

 足場をなくし、落下していく兵士たち。

 彼らはどこまで落ちるのだろうと、そんな杞憂も意味をなさない程の衝撃だ。


「まさかここまでの魔法……いや、そんなレベルではない。ミオ、お前は……」


 その後姿は寂しさと、そしてなにか一種の悟りのようなものを内包した、そんな背中だった。

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