10−27【コメット商会6】



◇コメット商会6◇


 直ぐに、クラウ姉さんが俺に指示を出す。


「ミオ水を、それで傷口を洗い流して、ゆっくりね。それから縫合するわ……セリスは周辺警戒をお願い。ミーティアはお母さんの手を握って、少しでも声をかけて、静かにね」


「……分かった」

「承知したわ」

「……うん、お母様……しっかりっ」


 流石は医療の知識のあるクラウ姉さんだ。

 服の背中の生地を切り、傷口を露出させる。


 肩の傷は……深いな、傷口は布で塞がれていたが、菌が入っている可能性が高い。

 クラウ姉さんは普段から、小さな医療キットと呼べるくらいの小物を持ち歩いている。その中には針や糸なんかも入っていたんだ。それを【無限むげん】で医療品と呼べる品質まで昇華させる。


 普段は魔力のある俺たちに回復魔法をかける事で一瞬だが……この人は多分、魔力を持たない一般人だ。


「――」


 俺が【無限むげん】を解除し、綺麗な水を傷口に掛けると、ミーティアのお母さんは声を上げずに身体をビクンと痙攣させた。

 クラウ姉さんは針を【クラウソラス】の短剣で熱し、そして糸を通して傷口を縫う。消毒代わりの俺の水も役に立っただろう。

 針を刺された痛みはあるはずだが、気を失っているからか大きな反応はなかった。


 しかし見事な手際だ。クラウ姉さん……傷を残さないように、あえて最初に【治癒光ヒール】をかけないで、縫合してから塞ぐことを考えたのか。

 魔力を持たないから人には回復魔法も効きにくい。始めから悟ってたな。


「……ふぅ……よし、もう大丈夫よ。傷は塞いだし、命に別条はないわ。うん……脈も安定してる……お母さん、ご病気……心臓が悪いのね?」


 そんなのも分かるのか。


「……ええ。私を産んでから、持病が悪化してしまって。【ステラダ】にいた間はよく家にも帰っていたけど、まさかこんな……てっきり【王都カルセダ】だと」


 優しく手を握りながら、安堵したようにミーティアが言う。


「でも、そんなお母様がこんな場所まで来られるなんて……でも、ジェイルは?」


「あっちだな。戦闘の気配がある」


 俺が向く方向は、【ステラダ】と村の中間……中継地点が設けられていた場所の更に東だ。確かあっちは、平原って感じのだだっ広い場所だったはず。


「ジェイルのやつ……」


「ああ。見渡せる場所なら、こっちに向かわせることはないからな」

(あいつ……まさか)


 ゆっくりと【治癒光ヒール】をかけながら、クラウ姉さんの治療が終わる。

 顔色はまだ優れない、もしかしたら常にこうかもしれないけど。


『――体力の低下は否めません。出血も多いですし熱もあります。ですので……早期の村への出発を推奨します』


「……ウィズの言う通りだな。だから三人は村に行ってくれ、俺は……ジェイルの所に行く」


「――私も行くわ、独りじゃ対処できない数よ?」


 セリスが槍剣を持ちながら。

 もう戦う気満々じゃないか。

 しかし俺は――


「駄目だ。セリスは帝国のお姫様だろ、相手は王国だ……まぁそこまではいい、前回もそうだったし、問題は場所だろ?」


「そうね。あそこの草原は紛れもなく王国領、もしセリスの正体がバレたら、こっちが不利になる……って分かってて言ってるわね?」


 俺のセリフの間にそっぽを向いていたセリス。

 クラウ姉さんはそんなセリスの態度に呆れていた。

 しかしその空気は、ミーティアを安心させたようだ。


「ありがとうクラウ、ありがとうセリスさん……ありがとうミオ。お母様を救ってくれて……私は大丈夫よ、だからジェイルを、母を連れてきてくれたジェイルをお願い」


 真剣に、母親の恩人だと分かるジェイルの助けを求める。


「分かってるさ、ジルさんに怒られたくないしな。それじゃあ行って来る」


 家族の大切さ、それを再確認した俺に……仲間であるジルさんの家族である男を見捨てるなんて事は、出来無いんだからな。

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