10−26【コメット商会5】



◇コメット商会5◇


 ジェイルが移動をすると、直ぐに戦闘は始まった。

 満身創痍のジェイル一人、【豊穣の村アイズレーン】近郊で、その戦いは起こったのだ。


 【アイズキャニオン】……後に・・そう呼ばれる場所だ。

 現在その場所は草原、または平原と呼べる場所であり、峡谷キャニオンなどとは到底呼べない。

 しかし、その地形を脅かすほどの事象まで……残り数分だった。





「――ふっ!ぁぁぁああああっ!!」


 細剣を振るい、言葉を交じ合わすこともしない兵士を斬る。

 悲鳴を上げることもなく倒れ、しかしそのまま起き上がる。


「これが聖女の傀儡かいらいか……やはり厄介な存在だなっ、はぁ!!」


 肩で息をしながらも、ゾロゾロと増えていく兵士を視界に収める。

 何度斬り伏せても起き上がられては、魔力も体力も少ない今の自分では、時間を稼ぐことしか出来ない。


「まるで蟲だな、儀式でも始まりそうな勢いだ……ふっ……」


 自分の発言に、ついおかしくなる。

 魔法はエルフの十八番おはこであり、儀式魔法はダークエルフが最も得意としたジャンルだった。

 それがなんだが懐かしくもあり、そのすべで命を散らすのもまた……運命さだめなのだろうかと。


「まぁいい、時間だけは稼ぐさ……この俺の全てを以ってでも、母娘おやこの再会を邪魔立てはさせんっ!」


 刃毀はこぼれした愛剣は、既に血濡れで切れ味が鈍い。

 魔力も不十分、体力もない、ジェイル自身も気付いている……潮時だと。


「せめて村の誰かが……マリータに気付いてくれることを」


 瞳を閉じ、そう祈ると。


「――ジェイル・オル・バルファウス・エルフィン……参るっっ!!」


 失われたエルフ国の王子、ジェイルの死闘が始まるのだった。





 その光景は、俺たちの息を詰まらせた。

 魔力の反応を頼りに、数回の【転移てんい】で辿り着いた場所は、大木の下だった。


「そ、そんな……まさか――お、お母様っ!?」


 そんな大木の影にひっそりと横たわるのは、やつれた女性だった。

 肩を負傷しているのか、血で濡れている。

 そして顔色は非常に悪く、今にも意識を失う寸前だと分かった。


「ティ、ティアのお母さんっ!?でもこの魔力の残滓ざんし……ジェイルのやつは!?」


 反応はジェイルだった。

 しかしその本人はいない、残っていたのは魔力の残滓ざんしだけだ。


「ミオ、いいからお水持ってきて。極力綺麗な流水を……あとこれ、これに【無限むげん】で細くて丈夫に変化させて」


 驚く俺に、クラウ姉さんは冷静に淡々と言う。

 地面に置いたのは小さなポシェット。中身は針とか包帯とかの医療具だ。


「わ、分かった!」


 【転移てんい】で村の地下へ移動し、魔力汚染されていない水を汲み。

 移動の際に分離されないように【無限むげん】で水を固形化して再転移。


 戻ると、クラウ姉さんとセリスが、ミーティアの母親だという人を介抱し始めていた。


「お母様っ、お母様ぁっ!」


 同じくらいに青ざめて、ミーティアは取り乱す寸前だった。

 俺は隣に寄って肩を抱く。


「大丈夫だ……落ち着いて、意識を失ってるだけさ。絶対に助かるから、ね?」


「……う、うん」


 俺の手に触れるミーティアの手が震えている。


 無理には言えないが、それでもこの人が一人だということは……少し離れた場所から【感知かんち】に反応するこの気配は……戦闘によるものだ。

 大きな声では気取られる可能性もある、だから冷静を努めよう。

 まずはこのミーティアのお母さんを助けなければ。

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