10−25【コメット商会4】



◇コメット商会4◇


 【豊穣の村アイズレーン】の北口から数kmキロほどの場所。

 青い顔をし、呼吸の荒い女性を背負い静かに疾走するエルフの男、ジェイル。

 しかしそのジェイルは大量の汗を滲ませ、身体の至るところが傷だらけだった。

 そして、ジェイルの背に背負われる女性は。


「……わ、私を置いていってください……ジェイル」


「――巫山戯ふざけた事を言うなっ、もうすぐ……もうすぐ着くっ!黙って背負われていろっ!」


 ジェイル・グランシャリオ一人ならば、影に侵入して移動という方法がある。

 しかし、この女性……マリータ・クロスヴァーデンは魔力がない。

 しかも病弱で、今も怪我をしていた。

 長時間影に侵入させるには、体力がなさすぎたのだ。


「昨日と同じく、追手はあの人……ダンドルフの差金でしょう。だから私を置いて行けば――」


 マリータ・クロスヴァーデンの諦めたような言葉に、ジェイルは。


「黙れと言ったぞ!!俺はお前を娘のもとに連れて行くと約束した!それをたがえるつもりは……もうない!!」


 ジェイルにとっての約束は、もう破ってはいけないものだった。

 過去に大罪となるべく罪を犯すも母に救われ、人生を変える出会いもあった。

 その過程で打ちのめされ、己の心と向き合う時間を貰った。


「ですが……ミーティアっ……」


 首に回された両手には力がない。

 日頃ベッド生活、そもそもの体力は子供以下であり、赤子の手でも捻れてしまうだろう。


「もうすぐだっ……もうすぐっ!――くっ、追いつかれたかっ!」


 ジェイルの【感知かんち】に反応。

 追手はマリータの言う通り、夫ダンドルフ・クロスヴァーデンの私兵であり、更には聖女の【奇跡きせき】で強化された兵士たちだった。


「マリータ、ここで待っていろ」


 マリータ・クロスヴァーデンを大きな木の影に寄り添わせ、ジェイルは細剣を抜く。ここまで実に十日以上、マリータを護衛しつつ、ジェイルは一睡もせずにここまで来た。

 食事も睡眠もせず、魔力の循環のみで逃げ続け、【ステラダ】から一日で到達するはずの道を、隠れながら進んできたのだ。


「……ジェイル……もういいのです、その気持ちだけで、私もミーティアも……それに、今戻ればあの人も許すはずです」


「――いいからここで大人しくしているんだ。直ぐに済ませる……」


 そう言ってジェイルは、フラフラになりながら歩んで行った。

 その後を姿に憂いと儚さを感じつつも、マリータは何も言えず、ただその傷だらけの後ろ姿が見えなくなるまで、視線を外すことはなかった。

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