リバースストーリー1−6【ジェイルの決意】



◇ジェイルの決意◇


 エルフの里【フェンディルフォート】。

 ジルリーネは報告後、まるで日常会話のレベルで話をする。


『そういえば……』


「ど、どうしたんですか急に、従姉上あねうえ


『いや突然思い出してな、ははは……』


 戸惑うエリリュアを尻目に、ジルリーネは続ける。


『わたしたちは帝国にいるが、【ステラダ】の近況が気になってな。特にあのバカ……ジェイルの事が』


従兄上あにうえですか……」(※エリリュアにはジェイルとの血縁関係はない)


 エルフの国の王子であったジェイル・グランシャリオ。

 しかし公国の貴族に騙され、地下の大通路を教えてしまう。

 それが発端となり、【テスラアルモニア公国】は【パルマフィオキアナ森林国】に侵攻し、滅ぼした。


『あのバカはまだダンドルフ・クロスヴァーデンに借りを返している最中とはいえ……情勢が情勢だろう?わたしだって、お嬢様の父親だ……悪くは言いたくはないがな』


「――一度帰ってくればいいのにねぇ」


「へ、陛下……」


『母上はそう言ってくれますが、あ奴は来れませんよ。合わせる顔もないと……言っていましたし』


 しかしジルリーネは許した。

 長い年月をかけて、ミオとの戦いをきっかけに。


「それに少なからず、今もまだ従兄上あにうえを悪く言う人物もいますから……」


『当然だ。だがな……それではいけないと、わたしはミオやお嬢様に学んだのだ』


「ふふ、そうね。前へ進まなければ、国も種族も無いもの……エルフ族が衰退したのは、女王である私の落ち度。それでも、未来に残すものを多くしないといけないわ」


『……母上』


「陛下……」


「――その為には。ジェイルちゃんの力も当然必要なの……分かるわね、ジルリーネちゃん、エリリュアちゃん」


『「はい」』


 約百年、逃げ隠れて暮らしてきたエルフ族。

 ここからまたスタートだと、誓うのだった。





 そして……


「……はくしゅっ!!……くっ、何だ急に」


 【クロスヴァーデン商会】の本拠地は【王都カルセダ】に移ったが、ジェイル・グランシャリオは現在……【ステラダ】にいた。


「まったく、どんなタイミングだと言うんだ……危うく見つかるところだったぞ」


 外壁の影に身を隠し、溶け込むように様子をうかがう。

 その場所は……クロスヴァーデン家の豪邸だ。


「以前よりも衛兵が増えているな、これでは堂々と入ることは叶わん」


 騒動の前ならば、【クロスヴァーデン商会】の仕事と言って簡単に入ることが出来ただろう。しかし今は……事情が違う。


「……ダンドルフ。お前は娘を利用し、そして妻をも捨てるのか……!」


 仕事を任された。依頼を受けた。

 ダンドルフ・クロスヴァーデンとの関係性など、表面で見ればそれだけだ。

 しかしジェイルには裏がある……かつての恩人の息子、それがダンドルフであり、その息子に拾われ仕事を任された事を、心内で感謝していたのだ。

 更にはミオやクラウとの出会いでで、大きく人生が変わった。

 妹とも仲良く……なれたかは分からないが。


「【ステラダ】にいては奥様の身が危ない……それは分かっているはずだがな、ダンドルフ。お前はいったい――何を考えているっ」


 影に沈み、衛兵に悟られることなくクロスヴァーデン邸へ侵入する。

 目的地は……ダンドルフ・クロスヴァーデンの妻の寝室。

 つまりはミーティアの母親の部屋だ。


「……屋敷の中もか」


 どこもかしこも衛兵だらけ。

 しかも厄介なのは、その衛兵たちに意思が感じられない事だった。


「聖女とやらの兵士たちか……」


 影に沈みながら、ジェイルは腰から細剣を抜く。

 自分はまた反逆者になるだろう……その決意を抱え。


「――さらば」


 ザシュッ――ズシャッ!!





 寝室のベッドには、一人の女性が横たわっていた。

 かつてはメイドが数人、必ずと言っていいほどこの部屋にいたが……今は誰もいない。

 一日に三度、食事やその他の世話をしに来るだけになっていた。


「げほっ……けほっ……」


 水桶に手を伸ばし、水分を取ろうとしたが。

 カタン――と、震える手にぶつかり落としてしまう。


「……」


 諦めたように、女性は脱力する。

 あの日、【クロスヴァーデン商会】が【王都カルセダ】に移転した時に、自分の運命は決まったのだと思った。

 夫は昔から仕事人間だった……だから裕福な家庭環境さえあれば、それで我慢できていた。

 一人娘はお嬢様学校を卒業し、商家について学ぶと思っていた。

 結婚の話は、旦那であるダンドルフが決めていて、自分は一つも口出しできなかった。

 寝ているだけ、それしか出来ない十数年に……いよいよ終わりを告げるときなのかと、そう思っていた……


「――失礼する」


「……誰でしょう」


 その声は、一度だけ聞いた事があった。

 ダンドルフが契約していた、ジルリーネの兄……ジェイル。


「……迎えに来た。ここを出るぞ……マリータ・クロスヴァーデン」


 その声が死神の声ならばと、この時は思った。

 苦痛を抱いて生きるよりも、いっそ楽になれるのならと。

 しかし死神――ではなく男は言う。


「――娘が待っている。お前の義理の息子になるであろう……男もな」


 それは、一つの夢だった。

 一人娘の未来は明るくはないと、そう思っていた自分の……小さな夢。

 自分とは違う、好きな人と結ばれ愛しい子を産む……そんな人生を歩んでほしかった自分の。


「……行き、ます……ミーティア……に、会いに……」


 無理に身体を起こそうとすると、その男……ジェイルに支えられた。

 ジェイルは……ダンドルフの側近だ。

 その男が、自分を連れ出してくれる……それは、夫が自分を捨てた証。


「すまない。ダンドルフのことは止められなかった。だが……ミーティアお嬢様は無事だ。だからせめて連れて行こう――豊穣の村へ」


「ありがとう……」


 生きていれば、小さくとも夢を抱ける。

 病に冒され老いて死にゆく自分でも見ることが出来る、娘の未来の輝かしい未来を。

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