リバースストーリー1−2【王国大臣は密に動く】



◇王国大臣は密に動く◇


 【王都カルセダ】、レンガ造りの多いその都に移転した【クロスヴァーデン商会】。

 初日から王都の流通を把握し、直様営業を再開した。

 そして見事に王都での活動を盤石にしたのは、現在商会を任されているジェイル・グランシャリオの功績だった。


 日の売上、契約店、ライバル商会のデータ。

 それらがまとめられた書類に目を通すのは……会長ダンドルフ・クロスヴァーデン。


「……上々か。それで、ジェイルはどうした?」


 書類を無造作に机に放り、ダンドルフは目の前にいる秘書の女性に。


「書類を置いて、そそくさと帰りました……言葉も聞かずに。申し訳ありません……会長、いえ……大臣閣下」


「あれはああいう奴だ、気に病むな……報告はそれで?」


「はい、本日の報告はこれで終了です」


 「なら外してくれ」と、ダンドルフは秘書を部屋から出す。

 カチャリと扉が閉められるのを確認し……深くため息をつく。


「ふぅ……やれやれ困った娘だ」


 もう一度、置いた書類を確認する。

 一度確認した書類の裏に、もう一枚の紙があった。


「高い金を出しているというのにな」


 ビリビリ――


 その報告書を破り、灰皿にのせて火を点ける。

 それは、【リューズ騎士団】からの報告書だった。

 昨日帰路についた【リューズ騎士団】だったが、ダンドルフは忙しく、報告を後回しにさせた……それでこれだ。


 自分が書類で提出しろと言った手前、皮肉を言う相手もいない。

 ダンドルフは燃える書類を見ながら。


「ミーティア……生きているのは分かっている、お前がどれだけ抗おうとも……逃れられはしないんだ」


 まるで燃えた村に居るのを把握しているように、ダンドルフは背凭れに大きく身体を預け、再度ため息。


「……」


 報告には、二度の任務失敗と戦力の大幅低下、これ以上の仕事をするには、資金もが圧倒的に足りないというむねが記されていた。

 これ以上の失態は、大臣の名にも傷がつく。

 ましてや新任だ、あの女王ならば……使えないと分かれば直ぐに切られるだろう。


 コンコン――と扉が叩かれた。

 ダンドルフは、まだ秘書が何かあったのかと思ったが。


「失礼する」


「……!」


 その声はどう聞いても男性、それも渋めの……自分と同じかそれ以上の高齢の声だと分かる。


「……これは、ライグザール殿」


 室内に入ってきたのは、アリベルディ・ライグザール大臣。

 武闘派で有名な、その王国古参の大臣だった。


「すまんな、休憩中だったか」


「いえ……構いませぬよ。何用ですかな?」


 直ぐに席を立ち、ライグザールを客人用のソファーに招く。

 手慣れた動きで紅茶を淹れ、正面に座ると。


「……【王国騎士団セル】からの報告を受けてな。団長を含め……ほぼ壊滅状態だったよ」


「存じています。酷いものですな……いや、私が言える立場ではありませぬな」


「【リューズ騎士団】だったか、金額の割には働きがなかったらしいな」


「お恥ずかしい限りですよ……私の目も曇ってしまったようです」


 商人として、若き日から慧眼けいがんを発揮して来たダンドルフらしからぬ発言に。

 やはり参る時は参るのだと、ライグザールは思った。


「ミーティア嬢のことだな……心中お察しする」


「いやいや、そちらも大変でしょう」


 ダンドルフ・クロスヴァーデンとアリベルディ・ライグザール。

 どちらも現在、たった一人の我が子が行方不明だ。


「まったくだ……報告によれば、あのバカ息子は聖女レフィルと少数の騎士とともに国外へと渡ったらしい」


「帝国の、ですな。聖女の騎士……【ブリストラーダ聖騎士団】でしたか、かの連中の残党は?」


「女王陛下が制圧なされた……たったお一人で」


「……そうですか、驚異的ですな」


 残党とは言っても、その数は万を超える。

 あの日の徴兵ちょうへいで集められた国民、そして聖女レフィルが【奇跡きせき】を施した不死身の兵士たちを、シャーロット女王はたった一夜、たった一人で制圧した。

 聖女レフィルの実験施設もだ。


「……うむ。となれば、我々もただ傍観しているわけにも行かぬ……分かるであろう?」


「……そうですな。そろそろ……【テゲル】へ向かった使者も戻る頃、かの国が私の傘下に落ちれば、戦力の補強も叶いましょう」


 女王は、近々行動に移るであろう。

 そうなれば、おのずと大臣である自分たちが指揮を執る事になる。


 ライグザール大臣は、自分の息子の反旗を許すつもりはなかった。

 正規騎士団・団長の地位を捨て、鞍替えしたと思った新しい騎士団は壊滅……更には聖女と共に半逃亡だ。当然批判も出る。


「それは重畳だな。して……ミーティア嬢はいかがなされる?」


「ライグザール殿のご子息……アレックス君がいなくなった以上、結婚の話はご破産でしょう」


「――それは申し開きも出来ないな」


「いえ、それは私の落ち度でもありますゆえ……娘のことは、部下にでも任せることにしましょう。それに……居場所はおそらく【豊穣の村アイズレーン】。となれば、娘が攫われたという大義が作れる」


「なるほど。攻め込む理由しては充分だな……大臣の娘の誘拐か」


 女王と大臣二人……それぞれ思惑は別々だ。

 身勝手な復讐、国の威厳、権威と象徴……求める物は我儘で、手薬煉てぐすねでは勝ち取れない――ならば、動くのみ。


「娘を、女王陛下の無二の親友……とでもしておけば、更に動きやすくなるでしょうしな」


「ははは、それでは帝国は大罪を犯した事になりますな」


 王国の動き一つで、世界は変わる。

 この大陸に存在する大国三国……【サディオーラス帝国】、【リードンセルク王国】、【テスラアルモニア公国】。

 小国【テゲル】や【ローデタラー】、【イングラス共和国】も……黙っていることはしないだろう。

 それ以外も、大陸の最東端である国や最北端、最南端……そして南の【ラウ大陸】。


 やがて世界の歴史に残るのは――“世界が確立された日”と呼ばれる、転生者の戦いだった。

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