9-118【国境の村にて女神は集う42】



◇国境の村にて女神は集う42◇


 ユキナリ・フドウの暴走から始まった小さな村の騒動は、こうして沈静化された。

 【女神イエシアス】が施した、心に漬け込む醜悪な罠は……結果的にミオ・スクルーズを更に覚醒させるという形で幕を閉じた……とは、言えなかった。


 戦いから数日……村の一角に建てられた、一軒の小屋。

 この場には、三柱の女神がいた。


「……さぁて〜、どうしましょうかねイエシアス」


「まさかこんな、女神がこのような姿になるなんて……恥ずかしくて死んでしまいますねぇ」


 アイズレーンとエリアルレーネが不敵な笑顔で見つめる。

 その鈍色にびいろの髪は地面に垂れ下がり、地面には足がついていなかった。

 胴体部分にくくられた光輪から伸びたつるは天井につながり、女神をぶら下げていたのだ。


「……うふ、うふふふ……まさか私がこんな侮辱を受けることになるなんて……無様で惨めで、滑稽だわ」


「その通りね」

「その通りですね」


 視線を上げて同族……すなわちアイズレーンとエリアルレーネを見たら、哀れに同意されるイエシアス。


「ミオから……「そういやイエシアスをとっ捕まえたから」って言われたときは、顎が外れるかと思ったわよ」


「本当に規格外の子ですね、あの子は。ユキまで救ってくれて……セリスの傷まで残らないようにしてくれて……感謝しかありません。ライネの魔痕まこんだけは消せませんでしたけど」


 アイズレーンとエリアルレーネは戦いの後の事を話す。


「……な、なにを呑気に、神に傷をつける転生者よぉ!?このままにしておく気なのかしらぁ!?」


「このままもなにも、あたしは初めからそうするつもりでこの世界に来たのよ。まぁぶっちゃけ、ここまで早く神域に来るとは思わなかったけどね」


 勘違いとポンコツから始まった、ミオの転生人生。

 もうすぐ十六年……わずかそれだけの時間で、ミオは神に傷をつけるまでに成長をしたのだ。

 これはアイズレーンも想定外、成長が早すぎた。


「私も……正式に彼を支持すると決めましたよ」


「――馬鹿なの!?このままでは主神様が!私たちも全員殺されるわよっ!?」


「……望むところじゃない、世界は自由であるべきだわ――神はいらない」


「う〜ん、私は転生者こどもたちの未来を見たいので、滅びたくはないですねぇ」


「……」


 姉神と妹神の宣言に、イエシアスは絶句だった。

 女神はそれぞれ目的や立場が違う、世界を憂う者、運命を見守る者、私欲のために暗躍する者……それぞれだ。


「それよりもイエシアス、あたしはあんたに色々と聞きたいことがあるのよ」


「答えるとでも?」


 にやりと笑うイエシアス。

 絶対に屈しない、口は割らないという覚悟を見せた。

 しかしアイズは……視線をエリアルレーネへ送ると。


「エリア、お願い」


「はぁいアイズ……」


 そう言って、イエシアスの眼前へ歩み出るエリアルレーネの手は、神力で輝いていた。

 そう……【神命与奪しんめいよだつの義】である……それも、奪う方の。


「――ほ、本気なのエリアルレーネっ!その馬鹿に騙されてるわよ!」


「その馬鹿の領域を壊しておいて、よく戻ってこれたわね。少し前、先代アイズレーンが施した村の結界を破ったの、あんたでしょ?」


「それも、私の転生者こどもの能力を悪用して……その時に施したのですね?――呪いを」


 ユキナリ・フドウの能力――【支配しはい】には、二種類のパターンが存在した。

 魔力による精神支配と、楽曲……オカリナを用いた肉体操作だ。


 過去、ユキナリはイエシアスにそのオカリナを盗まれた。

 その際、【豊穣の村アイズレーン】を巻き込んだ魔物襲撃事件が起きている。

 結界の破壊によってもたらされた出会いもあるが、アイズのシナリオではなかった。


「……」


 そっぽを向くイエシアス。

 アイズはおおよそ女神とは思えない下卑た笑みを浮かべる、が。


「はい黙秘、じゃあこのまま神力を――ん?」


「あら?」


「……この気配」


 三柱それぞれ……感じることが出来る気配。

 それは当然……女神が本気を出しているときの気配だった。


「――あらあら、まさか全員揃うなんてね」


「ミオが言ってた友人?が【テスラアルモニア公国】の貴族らしいし……当然っちゃあ当然かもね」


「……巫山戯ふざけてる……」


 アイズとエリアは小屋を出ていこうとする。


「ちょ、ちょっと!まさかまた!?この私を……!!」


 異世界【レドゥーム・アギラーセ】にて。

 この世界で初めて、地上で女神が勢揃いする時が来た。

 三国の国境の村にて、四柱の女神が集う、その時が……

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