9-115【国境の村にて女神は集う39】



◇国境の村にて女神は集う39◇


 子供のような殴り合いは、ミオがフドウさんを殴り飛ばして終わった。

 ミオの光の能力に吹き飛ばされて、フドウさんは普段の姿に戻り始めていた。

 私が自分とクラウの傷を氷で止血すると、セリスさんに駆け寄る……治療を優先するという、クラウの考えだった。


「セリスっ!傷見せて」


「……クラウさ、ん……ユキナリは……ライネ……は?」


「あっちよりも自分!!ミーティアはライネに行ってあげて!」


「……うん、任せて」


 意識が薄いセリスさんは、それでもなおフドウさんやライネさんを心配していた。

 しかし顔色は非常に悪いし、左の肩口が抉れていた。


「クラウさん!」

「お嬢様っ!」


「ジルっ!アイシアっ!」


 沈静化したと判断したのか、二人が掛けて来た。


「な、なんともない?あたし、能力が発動して!もっと早ければ……!そうすれば皆、怪我もなくて――」


 慌てるアイシアは矢継ぎ早に。

 しかしクラウが。


「最終的に丸くなりゃいいのよそんなもの!!あんたは気にしない!ここにいる誰も、責めたりなんかしないわ!」


 セリスさんに【治癒光ヒール】を掛けながらそう叫ぶ。

 いえ、ちょっと怒ってる……多分フドウさんに。


「……は、はい!すみません!!」


「それじゃあアイシア、ジルも……クラウのサポートお願いね」


「はい、お嬢様」


 ちらりと見えたけれど、ジルも腕を怪我している。

 それでも優先は違う、ジルもそうするだろう。


「……ライネさん……」


 しゃがみ込み、腹部に触れる。

 フドウさんに殴られた箇所の服が破け、紋章のような痕が残っていた。


「これは確か、魔痕まこん……だったかしら、衝撃が貫通した魔力の残り」


 きっと背中まで貫通している。

 一説には、魔族が自分の自己主張や所有者の証として身体に刻むものとも聞く。


「……せん……ぱい、は?」


「平気です、ミオが……守ってくれました」


 一瞬だけ意識を取り戻し、私の言葉を聞いて、また気を失った。

 安堵したのか、限界だったのか。


「応急処置はこれでいい、わよね?」


 大きな傷はない。

 魔痕まこんはどちらかといえば内傷だし、【魔力超過使用オーバードマジック】に似た状態のはず、数日休めば大丈夫。


「ふぅ、イリアも気を失っているし……セリスさんはクラウが治癒してくれているから……」


 残すは……フドウさんだけど。

 私はゆっくりと歩き出す……直ぐ側に、ミオがいる。


「――お疲れ様、ティア……悪かったな、遅くなってさ」


 三角座りで疲れた様子のミオ。

 そういえばさっき、【女神イエシアス】と戦った……みたいな事を言っていたわね。


「ううん……その、フドウさんは」


「気ぃ失ってるだけだよ……」


 ミオは酷く悲しそうに、フドウさんの顔を見ていた。


「……コイツは、多分……この世界に生まれるべくして転生したんだよ」


「え?」


「転生者としてじゃない、この世界の住人としてさ……」


 転生者だけれど、ミオたちのように前世の記憶を持たない転生者。

 それがこの少年……ユキナリ・フドウ。

 ミオは、戦っても……優しさを向けている、この人にも、誰にでも。


「でも、本人は」


「ああ、日本に行きたいんだってさ……ここで死ねば、転生出来るって思ってたらしい……そんな事、出来る訳ねぇのに」


「……」


 フドウさんの額をペチペチ叩きながら、薄く笑う。


「だけど、コイツがもう暴走することはないはずだよ」


「?……それは、どうして?」


 ミオは言う。

 先程の戦いの最後に……ミオがした断罪を。


「コイツの罪は、能力【支配しはい】だ。エリアルレーネ……様に貰った能力でも、きっと権能じゃない。だから……俺は奪ったよ」


 ギュッと握る右の拳。

 そこには何もない、ないけれど……確かにあるのだろう。


「【支配しはい】の能力は、もうコイツにはない。今あるのは……ただのこの世界で生まれた、ユキナリ・フドウって存在だけさ」


 能力を奪う、【強奪ごうだつ】。

 最後の一撃は、そういう意味だったんだ……転生者としてのユキナリ・フドウを、殺すという事を。

 残ったのは、能力を持たない……ただの人間、日本という世界に憧れる、ただの少年だ。

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