9-112【国境の村にて女神は集う36】



◇国境の村にて女神は集う36◇


 先程の魔物の姿はどこへ行ったのか。

 打って変わって、いや……元に戻って、姿はいつもの少年のままだった。

 私は……一度は倒したと、元に戻せたと感じた思い上がりのせいで、村に訪れていた二人の女性を傷つけた。

 二人は彼の仲間だ、安堵もあっただろうし、疲れも勿論。


 けれど響いたのは、歓喜ではなく狂乱の悲鳴。


「【クラウソラス】っ!」


 先手は取った……というよりも、フドウくんが微動だにしない。

 光の剣は通常モード、もう魔力が心許ない……攻撃出来ても二度三度。

 それでどこまで出来るか、どこまでフドウくんをい抑え込めるか。


「クラッチ……ソンナモンダッタカ?」


 バチィィィ――!!バチバチバチッ!!


「……さっきまで、君が魔物の姿でさんざん戦ったでしょうに!」


 私の少ない魔力を感じ取ったのか、それとも彼の魔力が異常に膨大化しているのか……答えは後者だ。


「クラウ避けてっ!」


 ミーティアの声と共に、私は【クラウソラス】を解除して飛び跳ねる。

 天上人の跳躍力は凄い。一気に距離を開ける。

 そこに、ミーティアが放った【青い星ブルースター】が。


「――」


 ギシャァァァァ!!と、一筋の線は凍りつきながらフドウくんに直撃した。

 いや……避けることすらもしなかった?


「どうっ!?」


「……」


 煙……?

 違うわね。冷気というか、蒸発だ。

 つまり、通っていない。


「――あぶっ!」


「え」


 目で追えない。

 研ぎ澄ませた感覚と、予測。

 そうでなければ、二人共やられていた。


「きゃ――」

「くっ……」


 ミーティアに覆いかぶさった。

 ドサリと一緒に倒れ、それでも直ぐに起き上がるが……


「……いっ!ぅ……」


「ぁ……くぅ……」


 掠っていた、私も……ミーティアも。

 私は背中、ミーティアは左足……今ので二回攻撃されたって言うの?


「……ツマンネェヨ、クラッチ」


 モクモクと蒸発する中から、ズシズシと歩んでくるフドウくん。

 もう……彼は本当に彼なの?


「フドウくん……君は、どうしたいのよっ……!?」


 上から、黒曜石のような目で見下ろす。

 いや……見下す。


「モウワカラネェ、オレハ……」


「――ユキナリィィィィィ!!」


「「!!」」


「……ヒメサン、マダ、タテンノカ?」


 気を失っていたはずのセリスが、声を上げた。

 「はぁはぁ」と息を荒くし、【治癒光ヒール】で傷口だけを治癒されたセリスは立ち上がり、フドウくんに向けていた……殺意を。


「これ以上は……もうさせないわ、もう……許せなくなるっ!エリアルレーネ様のご意思も、国の栄誉も関係ない……私がユキナリを許せなくなるのよ!!」


「……シッテルサ」


 肩口はえぐり取られ、左腕は使い物にならないはず。

 下手をすれば骨が露出する寸前だ……それでも立ち上がるのは、村の……国の為であり、自分の為であり、そして彼の為でもあるんだろう。


「なら何故っ!!こんな馬鹿なこと、ミリティも悲しむっ!」


「カァサン……カ」


 黒曜石の瞳を薄く閉じ、思い出を探るように。

 だけど、それはもう……


「モウ……モドレネェ」


「「「――!!」」」


 憎悪、嫌悪、悪意、殺意。

 一体どれだけの負の感情が、彼を取り巻いているのだろうかと思わせるほどに、可視化されて見えるしまうほどのエネルギーに、寒気がする。


「ユキナリ……」


「やめ、フドウくん……!」


「くっ――【氷柱の道アイシクル・ロード】っ!!」


 ビキャァァァァァァ――!!

 ミーティアの領域、氷の世界……彼を閉じ込め、私もミーティアも急ぐ。


「皇女っ!撤退よ撤退!」


「今のうちに、早くっ」


 勝てない。

 余力のない私たちでは、だから時間を……せめて時間を。


「【護風ごふう】っ!!」


 今の私の、もっとも魔力消費の少ない手段。

 レベルが低くて、ダメージは期待できないけれど……ミオから貰った能力。


 ゆるい風は優しくそよぎ、氷の結界を包む。

 魔力の重ねがけで、解除をややこしくすれば――


 バキ……ガシャーーーン!!


「そんなっ」


「くっ、本当に……そこまで化物になってどうするのよ!!」


「――オワリダ、ヒメサン」


 標的は私じゃない!?

 瞬間的に爆発した魔力は、セリスの目の前で弾けた。


「……ユキナリ……」


 立ち尽くすしかないセリスに、フドウくんは青黒い肌の腕で、手刀を突き刺す。


「駄目ぇぇぇぇぇぇっ!!」


 手を伸ばしても、声を出しても届かない。

 ミーティアも氷を放つけど、全て蒸発させられている。

 アイシアが叫んでいる、ジルが心苦しそうにしている。

 気を失うライネも、瞳からは涙がこぼれていた。


 あの鋭利な爪は、容易たやすくセリスの身体を貫通するだろう。

 肩の大傷に加えて、そんな怪我を負わされれば、誰でも想像がつく。


「……ジャアナ、ヒメサン……」


 その一撃は、たったの一秒も無い時間。

 その一撃は、瞬間的に誰もが目を背けた。

 その一撃は、命を奪う死神の声。


 しかし……フドウくんの一撃はセリスの腹を穿うがつことなく、誰かの手・・・・に掴まれて停止していたのだった。

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