9-111【国境の村にて女神は集う35】
◇国境の村にて女神は集う35◇
離れたところから戦況を見つめるあたしは、背に回ったジルさんが教えてくれた、物体からの魔力の出し方……あたしは魔力を持たないけど、ジルさんを介してそれが可能だということを、この人は教えてくれた。
「ジ、ジルさん……腕がっ!」
あたしの腕を支えるようにしていたジルさんの腕が、ただれたように赤黒くなっていた。
「気にするな、それよりもオーブに集中だ。もうすぐクラウがデカいのを……来るぞ!!」
他人の魔力を使ったから、反動でジルさんの腕が傷ついた。
それでも気にするなと、ジルさんはあたしに触れる指に力を込めた。
だからあたしも――え??
こんな時に、何故発動するのだろう……脳裏に映る……鮮血の光景。
クラウによる光はそれと同時、
「――まだです!!まだ……駄目ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
もう少し早く
あれだけ望んだ能力の発動を、あたしは自由に制御できない……狂しいほどの結末は、一体誰が望んだものだろう……誰が救ってくれるのだろう。
◇
光は結界内を覆い尽くし、フドウくんは眩しい光に焼かれるように直撃。
もしかしたら、ジルやライネの結界が万全でなかったら結界ごと壊していたかも知れない。
「はぁ……はぁ……どうよ、これで」
光が落ち着くと、空にフドウくんの巨体はなかった。
代わりに、地面を陥没させて……人間の姿の彼が倒れていた。
「――ユキナリっ!」
「先輩っっ!!」
駆け寄るセリスとライネ。
「……よかった……」
なんとか元に戻す事が出来た。
光の魔力に回復を魔法を組み込んだ事が幸いして、重症で済んだらしい。
私もゆっくりと降りる、着地と同時に翼が消失し、限界のサイン……
「……クラウっ!」
揺らめいた私を支えたのは、ミーティアだった。
「……イリアは?」
「見て、もう平気……フドウさんが気を失ったからかな、イリアもちょっとの凍傷で済んでるわ」
氷で縛り付けるとか、なるほどね。
イリアは地面に寝かされていて、こちらから見ても大丈夫なようだった。
「本当に――」
よかったと、私が言い切る直前。
この場に……緊迫を告げる叫び声が……木霊する。
「――まだです!!まだ……駄目ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
その声は、アイシアのものだった。
濃紫色に瞳を輝かせたそれは……能力の発動している証。
「まさか……!」
「アイシアが何か
未来を
その叫びとともに、予測できることはただ一つ。
「まさか――セリスっ!ライネ……離れ――」
私は叫ぶ、しかし。
「――いやぁぁぁぁぁぁぁ!」
フドウくんが落ちた陥没部から……天に向かう赤い柱。
それは血だと、この場の誰もが息を呑んだ。
鮮血――そして悲鳴はライネの叫び。
一瞬の
「セリスっ!」
「セリスさん!」
私とミーティアは必死に駆け出す。
身体が軋む、目眩が酷い……でも、それよりもなによりも。
「嘘……あれって……フドウさん……なの?」
「馬鹿!――【
私たちの目に映ったのは、立ち上がってセリスに抱きつくフドウくん。
しかし、その獰猛な瞳には殺意と、人間とは思えない悪意が。
口元を赤く染め、噴出する血は肩口から。
噛みちぎられたんだ、肉ごと。
「殿下ぁぁぁぁぁ!ユ、ユキナ――」
ドガッ――
「リ――かはっ……」
まるで瞬間移動。
目にも見えない速さでライネの懐に入り込み、
背から
そしてセリスも、大量の出血とショックでぐらりと倒れた。
「……」
まずいわ、意識がない。
咄嗟に【
「ジル!!結界はいいから!アイシアを守ってっ!ミーティア……行くわよ、【クラウソラス】!」
「――こちらは任せろ!!二人も気を晴れ!!」とジルが叫んで返事をくれた。
「ええ……【セルシウスアロー】!」
多分……セリスは最後に情愛を見せた。
そこを付け込まれたか、それとも油断したのか。
直前にフドウくんが意識を取り戻した可能性もある……でも、今の姿は。
「……コイヨ、クラッチ……オマエモ、オレヲ……!!」
青黒い肌に変貌し、黒い角はおでこから側頭部に変わり、翼は鋭利で巨大。
しかし身体は人間のまま……白目は黒く変わり、元の黒目と合わせて……黒曜石のようだった。
「援護お願いっ!」
「分かったわ」
私はミーティアに援護を頼み走り出す。
背後から数本、氷の矢が飛翔してフドウくんに突き刺さる……が。
「ウオォォォォォ!コンナモンジャ……ネェェェェ!」
ジュ――と、氷の矢は一瞬で融け砕けた。
フドウくんの魔力で蒸発させられた感じに見えた。
これは、後の世界で“新しい魔王誕生の瞬間”と呼ばれる歴史。
小さな村で起こった、小さな戦いの記録だ。
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