9-108【国境の村にて女神は集う32】



◇国境の村にて女神は集う32◇


 クラウに任された、イリアの事を。

 嬉しかった。フドウさんの事を止める戦いに参加できなかったのは不甲斐ないと思ったけれど……それぞれやることは別、出来ることをしよう。

 クラウにセリスさん、ライネさんが彼を止めてくれている……アイシアは皆を見て、きっとこれを伝えてくれる。

 ジルは結界を張り、被害が広がらないように配慮をしてくれている。

 これなら最初に逃げてきた人以外には、見られてはいないし……魔物の姿になった彼を見る人もいないはずだもの……だから、私に出来ることは。


「――イリア!!」


「……」


 フラフラと、二本の短剣を持ちながら揺れるイリア。

 瞳に光はなく、不思議な力が彼女を動かしているような……そんな空気。


「ふぅー……!」


 私が息を深く吐くと、周囲の冷気で白くなった。

 この場だけが真冬になったかのように。


「行きますっ!――【氷柱の道アイシクル・ロード】!!」


 魔力を右足から地面に。

 一瞬で広がり、凍結は直線上に伸びる……その方向には、イリアがいる。


「【固有領域ユニーク・レギオン】から動くなって言われたけど……私のいる場所を常に【固有領域ユニーク・レギオン】にすれば!」


 魔力を練り、弓を形作るように両足にも展開。

 エルフの里の地下でしたように、ブーツの底に氷の刃を成形した……これで滑れる。


「ミーティア!き、気をつけて!」


「ありがとう!アイシアも気をつけてっ」


 滑り出すと、円形状だった【固有領域ユニーク・レギオン】は消え始める。

 しかし私の足元は変わらない……【固有領域ユニーク・レギオン】は保てる、行ける!!


 スピードが前よりも……い、意外と早い!


「イリアっ!」


 ピクン――と私の声に反応する。

 しかしゆらりと一度だけ揺れて、その動作で右手の短剣を投げた。


「【念動ねんどう】……でもイリアの魔力は、そろそろ限界のはずなのにどうして……【魔力超過使用オーバードマジック】も起きてない、まるで人形見たい」


 滑りながら弓を構え、魔力で矢を生み出しつがえる。

 弓も矢も弦も、全てが魔力で出来た……私の武器。


「お願い、友達を助ける力を――【セルシウスアロー】!」


 イリアはもう自分の意志で動いてはいない。

 戦う意思を無理矢理引き出されて、動かされている感じ……そんなのは駄目、そうはさせない、だから!


「ふっ!」


 られた氷矢は青白い軌跡を描いて飛ぶ。

 投擲とうてきされた短剣と、私の矢……【念動ねんどう】を考えれば避けられる可能性も考えたけど、今のイリアはおそらく。


 ガキィン――!


「よしっ!やっぱり器用に操ってるんじゃない、ならこのままもう一度っ……今度は!」


 氷矢に弾かれた短剣は凍りついて落下した。地面に刺さるのではなく、ゴトリと落ちた。

 刀身から柄まで完全に私の魔力こおりで覆い尽くし、【念動ねんどう】が及ばない程に、イリアの魔力を通さない氷だ。


「少しだけ、少しだけ冷たいけど……動きを止めさせて貰うわ!!」


 魔力が枯渇こかつしていても動かされる、意識がないのに動かされる。

 なら、直ぐにあっちを解決してくれる事を信じて……両手両足を封じれば!


「――【氷結縛陣アイシクル・バインド】……」


 イリアの周りを私は高速で周回する。

 そうすることで、円形状の【固有領域ユニーク・レギオン】が展開された。


 イリアを目指して、【固有領域ユニーク・レギオン】から冷気が発生する。

 全方向から囲うように、氷の弦がイリアに巻き付く。

 足から凍結を始め、冷気はもう一振りの短剣も凍らせた。

 そして腰辺りまで凍りつかせ、手足を封じ、完全に動きだけは沈黙させた。


「……」


 まだ動こうとするイリア。

 いや違う……イリアを無理矢理動かそうとする、何かが。


「ごめんねイリア、もう少しだけ……我慢して」


 歯噛みし、全身に力を入れ、かたくなで強固な悪意を。

 だけど、光のない瞳からは涙が溢れていた。


「イリアは、自分から悪意をむき出しにするような子じゃないよね……大丈夫、皆分かっているから、だから……冷たいけど、少しの間だから」


 冷たくなり始めた頬に触れて、私自身も苦しくなる。

 力が足りないと、情けなくる心を痛めつけて……人はそれでも進む。

 イリアもクラウも、アイシアもジルも、帝国の人たちも……そして私も。


 そして。


「――ミオ」


 彼もずっと、悩み悔やんで生きている。

 二進一退を繰り返して、それでも一歩ずつ確かに進む少年を、私も皆も待っている。

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