9-102【国境の村にて女神は集う26】



◇国境の村にて女神は集う26◇


 右肩を穿うがったのは、ただの木。

 魔力も何もない、飛んで来ただけの、ただの木の破片だ。

 だけど確かに【紫電しでん】の力で加速し、威力を高められた、殺傷能力の高い単純な一撃だ。


 貫通し、鮮血を滴らせて……イエシアスはフラリと一歩ずつ後退する。


「――いた……い?」


 突き刺さったままの木の破片は、じわりと血を滲ませてその範囲を広げる。


「女神にも痛みはあるんだな、当たり前だけど。でもどうだ?転生者からダメージを負った気分はさ……初めてだろ?」


「……その顔、アイズレーンの子って感じで腹立たしいわねぇ……!」


 知ってるさ、よほどムカつく顔してんだろうな。

 でもそれが俺だ、ミオ・スクルーズのドヤ顔だ。


「不思議だろ?転生者おれの、間接的とはいえ攻撃を受けたんだ……しかもその出血は中々のダメージだと見える、貫通もしてるし、血も止まってない」


 患部を押さえるイエシアスは、視線を彷徨さまよわせながら、その落ちている物を見つけた。


 それは、鉄片だ。

 このアボカド畑で使われていた、農作業用の道具。

 この村でも珍しい、木でも石でもない、鉄の。


「お前!」


 イエシアスはそれを拾い、木の刺さった肩口を抉り出す。

 マジか……


「うふ……うふふ……簡単には抜けないと思っていたのよね」


 グジュグジュと音を鳴らし、刺さった木の枝を抜いた。

 イエシアスが言うように、ただの棒切れだった木の枝は枝分かれし、返しとなっていた。


「俺がアンタに刺さった木の枝を、【無限むげん】で変質させたと、そう判断して」


 始めから無理矢理抜こうとしないで、自分の皮膚を切り裂いて取り出したんだ。


「困ったものだわ、君にもアイズレーンにも……!」


 ダバダバとしたたる血、塗れる左手。

 しかしその瞳は、欲望と野望に満ちている……俺を倒し、能力を回収し、主神の為にと。


「へっ、これからもっと困らせてやるよ。アンタが諦めない限り、ずっとずっとな!」


 流石に神殺しはいただけない……と言うか今はまだ無理だ。

 これだけは本能で理解できる、まだ殺せない。そう――まだ・・だ。


「本当に……厄介な。神にダメージを与える転生者?巫山戯ふざけるにも冗談は選んでほしいものだわ……」


「これが冗談じゃないから面白いんだろ?努力をしない訳じゃないが……理不尽に覚醒して力を得て、強敵を倒して、物語に華を添える……それが醍醐味だいごみだ」


「――チッ」


 「チッ」と聞こえましたね、舌打ちです。

 人によっては投げキッスです助かります。俺は助かりませんけど。


「これ以上戦っても無駄だってのは、アンタが一番わかってんだろ?……なら黙って撤退しろ。俺だって、自分から女神に喧嘩を売りたいってんじゃない、関わって来ないなら、俺はアンタに手出しは――!」


 ゾクリ――と背筋が震える。

 イエシアスから発せられるのは、戦意だ。

 どうやらまだ戦いたいらしい。


「ホントに人の話聞く気ねぇな……女神ってのは!」


 引く気もない。逃げる気もない。

 こっちだって、【無限むげん】を覚醒させてまもないんだ……まだ充分に使用感覚も確認出来てない、戦えるのは少時間……だから引いてほしかったのにな。


「当然でしょう?目の前に獲物いるのに、狩らない猟師はいないのよ……そうでしょう?――【シヴァ】!!」


 イエシアスの呟いた言葉。

 それは神の名だった……確かヒンドゥー教の神の名だ。

 ファンタジーでも有名な、氷だったり炎だったり、色々だ。

 この世界の神ではない、別世界の神の名。


「……槍、か?」


『――神の名を持つ直槍です。転生者から回収したものでしょうが……非常に強力です。効果は――破魔、浄化、退魔。ミオは悪魔か何かですか?』


 イエシアスのそれは、属性能力ではなかった。

 銀槍……破魔の槍、浄化の槍……ウィズから伝えられる情報は、完全に俺を悪鬼と見たイエシアスの意志だった。

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