9-98【国境の村にて女神は集う22】



◇国境の村にて女神は集う22◇


 女神の肩は華奢きゃしゃで、触れればやっぱり女性だと再認識される。

 しかしこの女は、自分の利益・目的の為に手段を選ばない狡猾こうかつな性格をしている……客観的に見ても、見なくてもかもしれないが。


 ――悪いやつだ。


「魔力が駄目なら!素手でっ!」


 バッ――!


「――馬鹿ねぇ……リディオルフの能力を知らないとでも?」


 振り向かせた瞬間、イエシアスはニヤリと笑った。

 まるで誘い込んだ獲物が、まんまと罠にかかってきたかのように。


「……ぐあっ!!」


 バチィ――!!

 指が弾け飛びそうな感覚と、つんざくくような耳鳴り。

 物理でなら行けると判断した俺を、その衝撃で吹き飛ばす。


 ドッ――!!ゴッ――!!


「がっ!……ぐっ……かはっ!!」


 ザザザァ……となんとか踏ん張るが、岩や大木に二度強打した。

 打撃の痛みはそのまんまなんだもんな。血ぃ吐いたし。


「うふ、うふふ……その身体は能力と魔力で成長しているんだもの、女神に触れられるはずがないでしょぉ?」


「ああそうかよ!それなら!」


 俺は【紫電しでん】で移動する。

 短距離なら【転移てんい】よりも魔力消費が少ないし、撹乱も出来る。


「そんな能力まで……ますます回収しないと、主神様の障害ねぇ」


 くっそ、目で追って来てやがる!

 魔力の反応だけで、俺の居場所が分かるのか……こっちはアンタの魔力反応さえ掴めなかったのに!


「こっちの台詞なんだよ!いきなり現れやがって!アポ取りやがれ!!」


「うふふふふっ!じゃあ今からイクわねぇっ!!」


「なに――をぉ!?」


 目の前に、蠱惑に笑う女神が迫った。

 鼻先が着きそうなほどに迫ると「ばぁ」とおちょくるように目を見開き、俺を瞳に映す。


 その俺の顔は、明らかに狼狽ろうばいしていた。

 ビビるっての、気配どこだよ!?


「――【重力グラビティ】」


 腹に当てられた手のひらから、先程よりもドス黒い、濁った想いをそのまま具現化したような波動が発生する。


「ヤバ――」


『――マズい!!――くっ!ご主人様、能力の解放を!!』


 ウィズの焦ったような声は、この状況に対するものなのか。

 はたまた時期尚早である能力の解放怪訝をなすものなのか。


 俺には分からない――だが、負けて死んじまうくらいなら……それでいいさ。

 一気に思考がクリアに、本日二度目の……強制能力解放だ。


「――【反転はんてん】!!」

『――【反転リバース】!!』


 叫びと共に跳躍し、イエシアスから離れる。

 イエシアスは自分の手を見て、違和感に気付いた。


「――全てのことわりを真逆にしたのね……一瞬だけど、【重力グラビティ】が巻き戻された感覚があったわ」


「ああその通り……今の場合はアンタの重力を、発生から消滅にしただけだ……システム操作がクソ面倒くさいから、連続は無理だけどな」


 能力――【反転はんてん】。

 文字通り、反対にするんだ……全ての事象を。

 今は攻撃の発生を消滅に【反転はんてん】させて、発生そのものをキャンセルした形だ。

 イエシアスそのものに使ったわけじゃなく、重力に対する発生だから可能という事だ。


「厄介な能力を。その能力……ウィンスタリアのね」


「へぇ、そうなのかよ。会ってみたいもんだな……救世の女神様なんだろ?アンタとぜんぜん違うな」


 や、ややや、やべぇ……すんげぇぇぇ吐き気がするぅ。

 【反転はんてん】を使った瞬間、世界がグルンと一回転したみたいに脳が揺れた。


『……それが代償です。涙が消えるよりはマシでしたね』


 かもな。でも足が震える、小刻みに脳が揺れて、三半規管がおかしくなったみたいだ。

 泣けないのに泣きそうだよ……まったく。

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