9-79【国境の村にて女神は集う3】



◇国境の村にて女神は集う3◇


 帝都【カリオンデルサ】から来た皇女一行が【豊穣の村アイズレーン】へ訪れてから、忙しい日々を過ごす各々。

 ライネはクラウと訓練を、ゼクスは主にエリアルレーネの護衛を。

 セリスフィアは仲間を気にしつつも、未来を見据えての行動を重きに置いていた。

 エリアルレーネはアイズレーンへの助力と、【神命与奪しんめいよだつの義】という神力を分け与える術を使用している。


 そして、ユキナリ・フドウはというと。





「――ユキナリ、そろそろ仕事をしなさい」


「……やだ」


 壁際で背中を丸め、壁に向かって返事をする黒髪の少年に、私は声をかける。

 声をかけたのは本日五度目……流石に少しだけ、怒気をはらんで。


「そう言いだしてもう三日よ、いい加減に仕事をこなさないと……いくらユキナリでも帝都に送り返すわよ?村の貴重な食料を頂いているのに、働き盛りの男の子がそんなんでどうするのよっ」


 あの神秘的な光景を目の当たりにして。

 ユキナリの心象に、少なくとも日本のイメージが湧いた……それは理解できるけれど、今はそんな時じゃない。

 ユキナリのことは好きだし信頼している。けれど、時と場合によっては約立たずになるのも重々承知。


「姫さんがやればいーだろ」


「……ユキナリ」


 重症ね。

 何が原因か、なんて分かりきってる。

 あの光景を見てしまったから、憧れが加速しているんだわ。


「見た目ほどいいものじゃあないのよ?地球も日本も……あれは理想に過ぎないわ」


「――でも、姫さんは知ってるんだろ。俺は知らない、転生者なのに……」


 ユキナリは前世の記憶を持たない転生者、だから余計に日本への憧れが大きいんだわ……母親である転生者、ミリティ・ファルファーレさんから聞いた話と、私を始めとする【帝国精鋭部隊・カルマ】の仲間からの情報に……まるでトドメのように映された日本の光景。


「あれは私たちの知ってる日本じゃないわ、ミオもクラウさんも言っていたでしょう?似ているけど違うって」


「でもそっくりなんだろ!?姫さんだって知ってるだろ!!俺がどれだけ日本に行きたいのか!!」


 立ち上がり、詰め寄るように私に切迫するユキナリ。

 その瞳には、苛立ちと悲しみが滲んでいた。


 私は目を逸らさず、その泣き出しそうな瞳を見て言う。


「――理解してるのなら、受け入れなさい」


 行くことなど出来ないと、叶わないと理解しつつ、それでも憧れを止められない。

 子供の我儘にもよく似た、強い葛藤かっとうと願望。


「……俺は、日本に生まれたかった……それだけなんだ」


 強い身体と強い能力を持ちながら、その心は幼子のよう。

 ユキナリは不安定だ……それは【帝国精鋭部隊・カルマ】の共通認識であり、不安要素でもある。


「――だから度々帝都を抜け出しては、【支配しはい】を使って遊ぶんでしょう……?何度やめなさいと咎めても、ユキナリはやめようとしないから」


 ユキナリの能力は非常に強力だ。

 【支配しはい】、魔物や人間を操り、思いのままに行動させる。

 魔物に使えば、その魔物の能力までコピーして自分のものにする。

 だけどデメリットも多くあり、人間に対しては二重に能力をかけないと発動しない。


「あーそうだよ。いつだったか、王国に住む貴族に頼まれて、魔物を手懐けてプレゼントしてやったさ!俺がいないと【支配しはい】も簡単に途切れることを知らない馬鹿な貴族は、自分たちで手懐けられたと思って大笑いしてた!」


 しかしその結果は、街の近くで暴れた魔物が進化し……貴族の夫婦を殺害するという事件。


「貴族は魔物を暗殺に使ったけど、魔物を上手く操作できなくて……本来殺すはずじゃなかった息子まで殺しちまったそーだぜ!」


「――エリアルレーネ様にこっ酷く叱られたこと、反省していないの?」


 力を持つものは、その行動に責任を伴う。

 当時のユキナリの行動は、当然帝国の理念に反する反逆だ……エリアルレーネ様が仲裁しなければ、既に命はなかったはず。


「反省なんてなんになるんだよ!俺は死んで、もう一度転生を――」


 この子は……まだそんな事を。

 一発ビンタでもかまそうと思った私は……ふと入口に気配を感じた。

 それはユキナリも同じのようで、言葉を止めてそちらを見ていた。


 ガシャン――と、持ってきたであろう食事を地面に落として。


「……あなた」


「――っ……!!」


 憎悪――その視線はユキナリに。

 その中途半端な魔力、少しだけ長い耳……ハーフエルフの少女が、ユキナリに殺意を向けて睨んでいた。

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