8-99【罪を断つ者16】



◇罪を断つ者16◇


 【リューズ騎士団】の騎士、ゲイル・クルーソーは見た。

 その少年が自分をかなしみ、救おうと剣を振り上げるのを。

 ゆがんでしまった風景は、瞳から何かが溢れてしまったからだ。


 その意志が嬉しくて、救いを求めた結果が……死が訪れるから。


「あんたがどんな命令を受けてここに来たのか、今はどうでもいい。ただ……その意志を、その仲間を想う心を、俺は尊敬する!俺もそうでありたい、あんたのように、自我を失くしても誰かを想い、涙を流す人間に……俺は!!」


 その黒いオーラは、黄金の大剣から溢れ出す。

 能力――【破壊はかい】。

 一度は自分の身体を傷つけ、三ヶ月もの間行動を阻害そがいした能力。


 しかし、ゲイル・クルーソーの前に立つミオ・スクルーズの表情には、そんな心配は微塵みじんもなかった。

 まるで失敗はないのだと確信しているように、溢れる漆黒のオーラを剣先に集中させ、ゲイル・クルーソーを見た。


「――【絶対破壊アブソリュートデストラクション】っ!!」


 剣先のマイクロブラックホールは、徐々に広がって剣に帯びる。

 黄金の大剣は、見る見るうちに真っ黒に染まり……しかし形状は保たれたまま、ミオ・スクルーズはその剣を構えた。


「俺の全部を込めた一撃だ……ウィズ、制御頼むぞ!」


 誰かとの会話も、もはやゲイル・クルーソーにはどうでもよかった。

 本能的に構え、その一撃必殺を受け止めようとする。

 命令は撤退だ……脳髄から来るその命令に、ゲイル・クルーソーは従わない。

 目の前にいるのはターゲットだ。仲間を倒した、かたきの少年。

 それから逃げるなど、剣士として出来る訳がない。


 ゲイル・クルーソーは剣を構えようとした。

 愛剣を抜く仕草をするが……当然、今の自分には剣などない。


「――!?」


 どうしてこんな姿になってまで、自分は剣を抜こうとしたのか。

 意志もない、ただの操り人形に。


「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 少年が走り出す。

 漆黒の剣をかかげて。


 自分の後ろには、魔力を注ぎ続ける魔女がいる。

 操り、屈服させ、自分を怪物へと変貌させた魔女が。


「終わりだ……騎士のオッサン!!」


 ゲイル・クルーソーは両腕をクロスさせ、その剣を防ごうとした。

 しかし腕を出した瞬間には……両の腕は消滅していた。


「――ぐごぉっ!!」


 胸に刻まれる……漆黒の大剣。

 黒い傷は、全てを破壊する高濃度圧縮魔力。

 しかしその黒い傷は、剣を振るった彼には被害を及ぼさなかった。


 光が溢れる。

 黒い傷から、黄金の太陽のような熱い光が。


「……ウィズ、後ろもだ!」


 その言葉が出た瞬間。

 ゲイル・クルーソーの背後から。


「――ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!ああああっ!!目がぁぁぁぁ、顔がぁぁぁぁ!!いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 その悲鳴と共に、ゲイル・クルーソーは振り返った。

 崩れ行く身体と、クリアになる意識……を、同時に感じ。


 振り返った先には、魔女が頭部を押さえ、もだえ苦しんでいた。

 左眼から突き抜けるように、黒い破片が魔女にダメージを与えていたのだ。

 どうやら、ゲイル・クルーソーの背中から突き出て刺さったようだ。


「これが痛みだ。あんたが何十何百、何千もの人間にして来た痛みだっ!」


 今も王都には、魔女の傀儡かいらいとなった騎士や兵士が無数にいるだろう。

 その全ての人間たちの為に、少年は叫んでくれたのだ。


「うぅ、ああ……き、【奇跡きせき】!【奇跡きせき】!!【奇跡きせき】ぃぃぃ!!」


 自分に能力を使い、痛みを和らげようとしているのか。

 魔女は必死に懇願こんがんするように頭を下げ、地面にひれ伏していた。


「いぃひっ……痛い、いやいやいやいやぁぁぁ!痛い、消えない、痛い痛い、消えない消えない消えない!なんで、【奇跡きせき】!【奇跡きせき】ぃ!」


 麻痺まひしているのは確かだ。

 何故なら魔女の頭蓋半分が……黒い破片によって消滅、さじで掬われたように抉られているからだ。


「そんなになってまでも、アンタは【奇跡きせき】を求めるんだな。滑稽こっけいだよ」


 少年は冷たく言い放つ。

 自分に語りかけていた熱い言葉をもった少年とは、同じと思えなかった。


「それでも生きたいなら、その姿で生きて行けばいい。怪物、化物と呼ばれる苦しみ、悲しみを全部背負って……どこへでも行けっ!!そして二度と、俺の前に、村に現れるなっ!!」


「く、うぅぅ!!――アレックスっ!!アレックスぅぅぅ!」


 残された右目だけで少年を睨み、誰かを呼ぶ魔女。

 直ぐにその誰かは駆け付け……魔女を抱える。


 その男を見て、少年は叫んだ。


「――ア、アレックス・ライグザール!あんた、どうしてそんな女の手先になった!騎士団は、ミーティアは……あんたにとってそんなもんだったのかよっ!!」


 まるでライバルに投げかけるような言葉だった。

 少年の言葉にも、その男は答えなかった。

 少年を一瞥いちべつすることもなく、表情も変えず、魔女を抱え、優しく抱きしめるようにして……姿を、消したのだった。

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