8-93【罪を断つ者10】



◇罪を断つ者10◇


 俺は走り出した。

 わざわざ物理的に、能力を使わないでだ。


「聖女っ!お前の相手は……俺がっ!!」


「威勢のいい事だことっ!」


 聖女は跳躍ちょうやくする。

 その距離十数メートル……助走も無しにで、だ。


「その脚力、あんたの細足じゃあ無理だな」


 種族的に、聖女は人間族だと思うが。

 天上人でもギリギリ行けるかどうかの距離を軽々と。


 まさか。


「それも【奇跡きせき】って奴かよ。自分にまでドーピングするなんて、身体は平気なのか?」


 心配しているんじゃない。

 自分に使って平気なら、どうして兵士たちから自我を奪ったのか、どうして人形のように扱うのか、それが許せない。


「平気よ?人間にある運動神経細胞、それに直接的に働きかけて……常人には出せない力を引き出す……それが【奇跡きせき】。神の御業」


「そうやって人心を掌握して、慕って来た国民を人形のようにしたのか。それに飽き足らず、徴兵ちょうへいで集めた一般人までっ!冒険者もいた、子供もだ!!」


「だからなぁに?坊やだって、玩具おもちゃにはパーソナルでいて欲しいでしょう?名前を書くのと同じよ、ほら……プラモデルで改造するじゃない?」


「人をプラモと同じにすんな!人間は腕や足を自由に取り外したりなんかしねぇんだよ!」


 ドンドンこの女への怒りが集まっていく。

 冷静になれ、心を乱すな……思うつぼだぞ。


「――【雷光放電斉射ライトニングブラスター】!!」


 両の拳を突き合せ、電力を解放。

 【極光きょっこう】のオーラに乗せて、電撃を放射する。


「ふっ……【魔防衣マ・ヴェルマ】!」


 バリィ……!と、俺の電撃は聖女の魔法にはじかれた。

 赤色のオーラが聖女を纏った……魔法の衣だ。


「詠唱無しに……ジルさんみたいだな」


 詠唱無しの超短文魔法。

 しかしそれは、今の俺の攻撃を防げるものではない筈だ……ならば。


「魔力までドーピングかよ、違反で失格になれっ」


「あははっ、面白ーい。使えるものは何でも使わないと、倒せるものも倒せないでしょう?ぼ・う・や」


 こいつ……俺をガキ扱いしやがる。


「それじゃああんたはババアだな。俺の前世は、寿命で死んだんじゃないんでねっ!」


 最大限のあおりを籠めて、憎たらしく言ってやる。

 頼むから女性差別とか言わないでくれよ、これは死に物狂いの戦いなんだからな。


「そうかもね。【熱の吐息ヒート・ブレス】!」


 一瞬で開かれる魔力の波動は、聖女の手の平から。

 そこには小さな紋章があった。


「それが――くっ!【極光きょっこう】!!」


 短文魔法の絡繰からくりか。

 あの魔法陣に、あらかじめ魔法の詠唱を組み込んでいたんだ。

 だから超高速で、ジルさんよりも早く、連続で!


「熱いでしょう?でも大丈夫……坊やの怪我も、アタシの【奇跡きせき】で治してあげるわっ!そうしたら坊やも、仲良くアタシの玩具おもちゃよ!!」


 ゴォォォォォォ――と、勢いの収まらない炎熱波は俺を飲み込んだ。

 そして……その場には何も残らない。


「……はい?」


「――こっちだよ」


 怪訝けげんに眉を寄せた聖女の背後から、俺は一撃を見舞う。

 一撃当てる、それだけで勝負は――


 ドッ――!!

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