8-65【赤い世界は燃える村1】
◇赤い世界は燃える村1◇
聖女の魔法により、
同時に、夜空に走った無数の赤い線は……炎を纏った矢の雨だった。
建物が少なく、草木の多い村では何にも当たることなく落下する矢の方が多いだろう。
しかし、数え切れないその矢の軌道は、それでも充分だった。
「そ、村長!……村が、畑が!」
「……分かっている、分かっているさ!!」
東と北。二方向から、赤い景色が見える。
村人を逃がすことを決断したルドルフ・スクルーズは、その光景を西の集会所の外で目撃していた。
「あそこは、枯れ草がっ!」
乾燥した野菜くずや肥料、刈り取った後の雑草……それをまとめていたのが、北の地点だった。誰でもが察するだろう、火の回りが早い原因だと。
それに加え、東……【スクロッサアボカド】の栽培森だが、これ以上に炎上の進みが早かった。
これは、リディオルフの魔法による進行の速度が影響しているが、両者とも……もはや関係なかった。
「ジョー……女子供の避難は終わったんだな?」
「あ、ああ……だが、もうこれ以上は中に入る事が出来ないぞ!」
村には人が増えている。
北東部のように、移住者や農業学を学びに来た人たちが集中している地域と違い、西や南には昔から村に住む人たちが多く集まっていた。
しかしそれでも、【サディオーラス帝国】から引っ越して来る人たちも多かったのだ。
だから、避難場所が足りない……圧倒的に。
「くっ。どうすれば……」
「――あなた!アイシアがっ」
「なんだと!?」
妻レギンと娘の友人キルネイリアが、フラフラとする少女を支えながら歩いてきた。心配そうに、小さな幼女も裾を掴んでいる。
「レギン……イリアさん、リアも!コハクたちと一緒に、集会所に避難しなさいと言っただろう!」
「だけど、アイシアが」
「村長……もう、間に合いません。この赤い世界は……終わりの、始まりです。ドンドン延焼は加速して、ここも燃えてしまいます」
アイシアは苦しそうに目を細めるが、その紫色の視線は、憎々しそうに炎を見ていた。
(間に合わなかった……分かっていたのに、止められなかった。結局何も出来ない、あたしには変えられないっ!)
気を失っている少しの間に、ここまで事が進んでしまった。
村の二箇所から炎上し、この西や南にも炎は迫るだろう。
「村長、他の場所は……」
「自警団や警備隊の皆が避難誘導をしてくれている、だからこうしてここに……」
「じゃあ……レインさんは!?」
「レイン?」
ルドルフはレギンを見る。
レギンは心配そうに、首を横に振るった……見ていないと。
「アドルが一緒だろう。心配は要らないさ……あの子も大人だ、きっとどこかに避難しているはず……」
「え、ええ……そうよね」
ルドルフはレギンに、そして自分に言い聞かせるようにそう言う。
レインを心配していない訳はない……しかし村長として、自分の子供を最優先には出来ないのも事実。
末っ子のコハクは、既に村の子供たちと一緒に避難しているが、レインは今日、仕事から戻って来ていない。
そしてその仕事場が、東の畑であると……当然ルドルフもレギンも知っている。
「……探さないと……うぅ……」
「アイシアっ、駄目です……休んでいないと!」
「アイシアー!だ、だめだよぉっ!」
現時点で
ミオの姉、レインが暴漢に襲われる場面……思い出せば、それは赤い景色。
森付近。アイシアもよく知る、ミオの畑を通る道。
しかし、その場に助けを向かわせれば……きっとその命も失われる。
「あたしが……いかないとっ」
身体を無理に動かす。
軋むように痛む身体は、【
「あ……」
「わっ」
それでも前進しようとする意思を止められず、支えていたイリアは、アイシアと共に倒れる。
「やはり無理です……これ以上は」
悔しそうにイリアが言う。
自分は何もしていないと、出来ていないと。
「うー……うぅー!」
「あ……リアっ!!」
涙を貯めていたリアが、転ぶ二人を見て……走り出した。
イリアは追いかけようと、直ぐに立ち上がり駆けた……しかし。
「――待ちなさい」
「え」
「その声……」
キルネイリア、そしてアイシアが停止する。
その声に、その凛とした神々しい声に……この場にいる全員が、目を向けるのだった。
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