8-62【必死の迎撃4】



◇必死の迎撃4◇


 夜は更けていく。時間にして深夜……仕事のミスを思い出さなければ、こんな所にはいなかった二人の男女。

 そして、その心に異常ならざる歪みを抱く、王国の騎士。


「そ……そんな大声を出したって、レインには――」


「てめぇがレインと呼ぶなぁぁぁぁ!!」


「ひっ……!!」


 唾を飛ばし、目を血走らせて、リディオルフ・シュカオーンは叫んだ。

 怯えるレインを庇い立ち、アドルは手に汗を握りながら警戒するが……


 アドル・クレジオは農民だ。

 当然、戦闘経験も無ければ戦う知恵もない。

 構えるクワを必死にリディオルフへ向けるが、なんの威圧にもなってはいない……それどころか逆に、その仕草その動き全てが、リディオルフの怒りを沸々と沸きあがらせている。


「てめぇはクソ田舎の農民風情で、その女神のようなレインさんに触れるんじゃねぇよぉぉ!泥にまみれた汚ねぇ手でよぉぉ!!」


 それはレインも同じなのだと、そのような言葉は通じないのだろう。

 言っても無駄だと、聞いても貰えないのだと……二人共もう承知だ。

 ならばどうする……何ができる。


「――レイン、逃げるぞ」

「で、でも……この人……」


「だ、大丈夫さ……レインを守るよ」


 震える手でレインの手を取るアドル。

 その行為に……沸点の低いリディオルフは。


「――ああああああああああ!!触るなぁぁぁ!僕のレインさんに触るなぁぁぁ!!」


 発狂。まさしく発狂。

 奇声を上げ、腰から抜いた剣を振り回し、リディオルフはじりじりと。


 振り回した剣がカツンとアボカドの木に当たり、「あ?」とリディオルフが木に苛立った瞬間。


「は、走るぞレイン!」

「う、うん!」


 ダッ……っと、二人は駆けだした。

 道は知っている。暗くとも……地の利があるのだ。


「いけないねぇ……いけないよレインさん。そんな土臭い男と一緒じゃあさぁ……そんなの……燃やしたく・・・・・なっちゃうじゃないかぁ」


 「ひひひ」と、リディオルフは指先に集中した。

 そんな小さな魔力の塊が……この村には赤を呼ぶ、その始まりだった。





「はっ、はっ、はっ!」

「……はぁ……は、はぁ……うぅ……」


「レインっ……大丈夫か!?」

「う……うん、平気……だか……ら……」


 その視線は、先程まで自分たちがいた場所。

 【スクロッサアボカド】の収獲地……森だ。


 赤い。景色が赤い。空が赤い。

 森に覆われ、作業中の二人には見えなかった北の赤……それよりも赤い、炎の赤。


「そ、そんな……まさかあの人、木々に火を……」


「ダ、ダメだレイン!」


 戻ろうとしたレインを抱きしめ、止める。


「だけど!森が……野菜が……ミオの畑が!!」


「――知らないよぉ、そんなのさぁ」


「「!!」」


 背後。


 二人の後ろ……つまりは向かっている方向から、その声がした。


「な、なんで……なんでそっちから!」


「てめぇに言う道理はねぇんだよぉぉっ!!」


 リディオルフは剣を振るった。

 アドルの首を目掛けた、殺意の一撃。


「うわっ……がぁっ!!」


「ア、アドルぅぅ!!」


 ギリギリ避けた。

 しかし……かすめた個所は……右目。


「があぁぁぁぁあっ!!」


 どさりと、アドルはレインを離して倒れる。

 レインはアドルのかたわらによるが……それがリディオルフの心をえぐる。


「なんで……なんでそんな男を……僕の方が相応しいに決まってる……決まってるんだぁぁぁぁ!!」


 涙目で、レインは睨む。

 恐怖に怯えながらも、レインは必死にリディオルフへの反旗を示した。


「……に、げろ……レイン……」


「アドルっ」


「そうか……殺そう。殺しちゃおうよ……居なくなればいいんだ、僕以外の男が全部いなくなれば、ぜぇんぶ解決だぁぁぁ!!」


「――逃げるんだ!!レイン!!」


「出来ないっ、出来ないわっ!」


 アドルの身体にすがりつき、逃亡を拒むレイン。

 しかし……


「――きゃっ……ああ!アドルっ!!」


 引き剝がされた。

 リディオルフの血走った目に映る、その身体を。


「ごめんなさいレインさん……少し待っててね。このクソ田舎小汚い男を壊したら……たぁくさん、愛してあげるから……!!」


「逃げろぉぉぉぉぉ!逃げて、逃げてくれぇぇぇえ!!」


「あ、ああ……あぁぁぁ……いや、いやぁぁぁぁぁぁ!!」


 拒みながらも、レインは走り出した。

 アドルの願いを。彼の最後の願いを聞くために。

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