8-60【必死の迎撃2】



◇必死の迎撃2◇


 村の中……中央部で、叫ぶ中年の男がいた。

 ルドルフ・スクルーズ。この村の村長で、今まさに戦闘中のクラウ・スクルーズの父だ。


「急ぐんだ!あの赤く染まる夜空が見えただろう!このままでは命が奪われる!!自分だけじゃない……妻も子供も、親も友人も、みんな死ぬぞ!!」


 大きく身体を動かして、腕を振り回して、声が枯れるほど大きく叫んでいる。

 ルドルフ・スクルーズが声を上げ始めて数十分……村娘アイシアの助言と、失神した彼女の真意を汲み取り、行動を開始していたのだ。


「女子供、老人を優先しろ!出来るだけ西に!集会所を目指すんだ!!」


「だ、だが村長、いったいこれはなんなんだ!?」


「何が起きているかも説明が無いんだぞ!こ、子供も怯えて……家畜はどうするんだ!せっかく酪農が上手くいき始めているのに!」


「ジョー……君の言い分も分かる、現に僕も……先程まで理解が出来ていなかったんだ。村には多くの畑もある……火が回れば一瞬だ。だが、それでも!」


 持てる物だけ持つ。

 野菜は種や苗があれば、家畜はまた分けてもらう。

 小さな村、ようやく世間に知られ始め、訪問者が増え始めていた農村だ。

 それが燃える。あの夜空のように赤く……燃え上がる。


「そんな事言ったって!!うちは息子が生まれたばかりなんだ!!」


「私の家は、寝たきりの状態の母がいるわっ……今は息子夫婦が連れ出してくれているけど、こんなのあんまりよ!」


 それぞれの言い分は当然ある。

 ルドルフとて、あの空を見るまでは半信半疑だった。

 しかし、気絶したアイシア……涙ながらに訴えるリアとキルネイリア・ヴィタールの説得と、妻レギンの言葉で、重い腰を上げた。


「すまない。だが、北門で娘が防いでくれている。しかし……きっと長くは持たない、だから逃げるんだ……畑を投げ出すことは、僕も苦しいが……生きなければ!」


 判断は遅かった。

 しかし仮に、アイシアの言葉を初めから受け入れていたとしても……村民は。


「最悪、村を捨てる……どこか他の村や、町に移り住んで――」


「そんな事が出来ていたら、俺たちはこの村にはいなかっただろう!」


「……」


 刺さる言葉だった。

 若かりし頃、ルドルフも夢を見る少年だった。

 村を出て、有名になり、金を儲けて好きな女を抱く。

 そんな夢見がちの、一般的な少年だったのだ。


「それはそうだ。僕もそうだったよ……だけど、今は違うだろう!!今の僕たちには家族がいる!自分が死んでも、生きていて欲しい!だから逃げるんだ!逃がすんだよ家族を!妻を!子供を!親を!友を!」


 大きな声は、響く。

 風に乗り、外に出ていた村人に。

 中央部に集まる、昔からの村人たちに。


「……わかった。村長の指示に従う……」


「ジョー……助かる」


 何度も遠く回った。アイシアの想い。

 空回った、今日という日々。

 ようやく成就した、救いたいと言う想い。


 しかし……叶った願いは。


「あ、あなた!……東を見てっ!!」


 妻レギンの言葉に、ルドルフはそちらを見る。


「あ、ああ……あそこは……ミオのっ!」


 村の東には、ミオが作った畑がある。

 その場所が……赤く、燃え上がっていた。

 村の名物となっていた、【スクロッサアボカド】、それが栽培されている森が、炎に包まれていたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る