8-54【天使と化物3】



◇天使と化物3◇


 クラウ、ユキナリ、ライネの三人が戦闘を始めてから数分、王国軍侵攻部隊の主力とおぼしき大馬車が、村の近くに到着した。

 その数五台……確認したのは六台で、残りの一台は後方で待機していた。

 なにせ、その馬車の中には聖女、レフィル・ブリストラーダが乗車しているからだ。


「随分進みが遅いわねぇ……カルカ、どうなっているの?」


「は、はい。実は……」


 【王国騎士団・セル】の騎士、カルカ。

 聖女に従うアレックス・ライグザールに恋をする、【奇跡きせき】によって操られていない数少ない人間。

 彼女は恐る恐る答える……


「【ブリストラーダ聖騎士団】騎士、総数二百が先行していましたが……ど、どうやら足止めを食らったようです」


「足止め?こんな森の田舎に、二百の兵を止められる戦力があると?」


 リフィルは、持っていた銀杯を床に強く叩きつけた。

 

「――ひっ……い、いえ、それが……敵の戦力は少数、一人だったと」


「バカなのカルカ。一人で二百人の木偶デクを止められるとでも?」


 木偶デクとは、リフィルが【奇跡きせき】にて操り人形にする兵士たちの事だった。

 【奇跡きせき】という名の、薬物をもちいた超強化と自我の消失。

 それらの重ね掛けで、王国の兵士……正確には【ブリストラーダ聖騎士団】の団員たちは、クラウの言う所のゾンビのような状態だったのだ。


「で、ですが……報告にはそうと……」


「……ちっ……」


 レフィル・ブリストラーダは舌打ちをする。

 こんな田舎の森まで進軍してきて、得られたものが女王シャーロット・エレノアール・リードンセルクの戦力の低下、ただそれだけだ。

 今回の遠征について来た【王国騎士団・セル】の団員は、あの場で大半が死んだ。

 生き残りは、アレックス・ライグザールと言う前団長の言葉に従い、【ブリストラーダ聖騎士団】に下っている。


「あの男は?」


「あ……リディオルフ団長ですか……?い、いえ、私は見ていませんが」


「……」

(あのピエロ……何を考えているのかしら)


 リフィルは憎々しそうに口端を歪めた。

 あの男、リディオルフ・シュカオーンは、自分のお茶を飲まなかった。

 転生者であり、頭も悪くない……そして一番の問題は、自己中心的。だという事だ。

 同族嫌悪と言う言葉通り、リフィルはリディオルフが嫌いだった。


「カルカ。出立するわよ……アレックスに指示を出しなさい」


「で、ですが私で?」


「そういう風にしつけてあるから、お前の言う事でも聞くわよ」


「……」


 カルカの無言に、レフィルは。


「文句があるなら、今度は口もきけなくするわよ?」


「――ひっ……す、すみませんでした!!」


 ゾッとするような声音で、カルカの思考をシャットアウトする。


「それでいいのよ。うふふ……さぁ行きましょうか、お前の力も、試してみないとねぇ……うふふ、あはは……あはははははははっ」


 レフィルは自分の後ろにある大きな檻を見る

 そこには、巨大な何かがいた。

 全てを憎んだような視線と、超強化された強靭な肉体。

 肥大した身体に、魔物のような角や尾を持った――化物だ。


 そうして、聖女レフィル・ブリストラーダは出陣する。

 目的地は当然……【豊穣の村アイズレーン】だ。

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