8-44【豊穣の村侵攻作戦5】



◇豊穣の村侵攻作戦5◇


 少し間が開いた。

 そのわずかな間に、アイシアは考えた。

 しかし、考えがまとまる前にルドルフが言う。


「ふむ。僕も、アイシアが噓を言うような子だとは思っていないさ、レギンも、きっとロクッサのご夫妻もね……だけど、信じてと言われても難しいんだ。こちらの事も分かってくれないか?」


「で、でも……このままだと村は」


 口では言い表せらせないのが、最大の問題だ。

 移住者の時もそうだったが、基本的には信じない。

 信憑性云々うんぬんの前に、子供の戯言たわごとだと思われている……そうアイシアは感じた。

 必死になにを言っても、遊びだと、噓だと。


「アイシアの言う、村の危機。それが本当でも、今の収穫時期の村を去ることは出来ないんだよ、農家は皆ね。そうすれば、生きるかかてを失うからさ」


「それは分かります!でも、命があってこその――」


「その命を繋ぐのは何だい?」


「え」


 命があれば、生きていれば、何とかなる。

 それがアイシアが至った答えだった。

 例え村を離れても、命さえあればと……しかし、ルドルフが述べた言葉に、その答えを察して、言葉を失った。


「命は大事だ、それは当然の事だよ……アイシアが言うのも理解できるし納得も出来るよ、でもねアイシア。それでは生きていけないのさ、特にこの村で生まれて、この村で死んでいくような、僕ら農家はね」


「……」


 命を繋ぐには、食料が必要だ。

 その重みを、農家は一番分かっている。

 農村であるこの村の人間が、特に理解している。

 移住者では話にならなかったが、先住民はもっと深く、深く深く深く、この土地と言うものに執着があるのだ。


「例えば、話し合いは出来ないのかい?王国の軍隊さんがこの村に来るのなら、この村のいいところを知ってもらって、村に被害が出ない様にしてもらうとか、あるだろう?」


「……それでは、遅いんです……」


 アイシアは、完全に勢いを無くしていた。

 うつむき、項垂うなだれるように声が小さくなる。


「……困ったね」


「あなた、でもクラウが行動しているのよ?」


 横からレギンが、ルドルフの手をそっと触りながら言う。


「ああ。きっとあの子の事だ……自分で追い返そうとでもしているんだろう。冒険者学校で首席だからと、無茶をする子だよ」


「それに、レインもまだ帰ってませんよ?いいんですか?」


「……え――あ……あぁ……っ!!」


 レギンのその言葉を聞いた瞬間だった。

 焼き付くように、瞳の奥が熱くなる……燃えるように、今まで最も強く……ある光景が――えた。


 燃えている。


 山が、林が、畑が、家が。


 真っ赤に、朝方の薄暗さを赤く染めた……炎が。


 そして誰かに追われる、一人の女性。


 レイン・スクルーズ。


 逃げた彼女が座り込んだかたわらには、倒れ伏す青年が。


 追って来た誰かは、レインを無理矢理立たせると……その唇を――


「いやっ!!だめぇぇぇっっ!!」


 バン――っと、アイシアはテーブルを強打した。


「ア、アイシア……?」


「どうし、たの?」


「――アイシアっ!どうしましたか、まさか……また?」


「い、急がなきゃ……朝には、もう村が燃えて……っ……――ぁ……」


 力の反動。

 未来をるその能力が、何も代償がないわけがなかったのだ。


 バタ――


「……」


「「「アイシアっ!!」」」

「アイシアー!」


 女神は無慈悲……そして無力だ。

 気を失う直前のアイシアの心は、そう悟った。

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