8-43【豊穣の村侵攻作戦4】



◇豊穣の村侵攻作戦4◇


 その時が来てしまった。

 村にいるアイシアは、それを実感する。

 今この瞬間、自分がどうして戦うすべを持たないのか、こんなにも後悔したことはない。


 移住者を逃がす……そんなことすら出来なかった。

 未来をて、分かっているのに変えられない。

 自由意志は運命に抗えないと、【代案される天運オルタナティブ・フォーチュン】にそう言われているようで。自分の境遇と合わせて、深く心に刺さった。


 しかし、クラウが頑張ってくれている。

 知り合ったばかりのイリアや、同じEYE’Sアイズのリアも協力してくれる。

 そして……移住者を説得している時にた、ある光景。

 それを胸に秘め……アイシアは決意した。


「――着きましたっ!アイシアっ」


「はいっ!……おばさん!!おじさん!!」


 イリアが扉を無理矢理開け、アイシアが入っていく。

 既に夜、明かりがついていたのが幸いだった。


「ア、アイシア……?どうしたのそんなに慌てて」


 ミオとクラウの母、レギンが戸惑とまどいながらアイシアに問う。

 ここはアイシアの第二の実家のような場所だ。多少強引でも咎められたりはしない、が。

 その纏う空気に……神妙な視線を送るレギン。


「おばさん……お話があります、おじさんを……いえ、村長とお話しさせてください!」


「……」


 クラウが居ない事。アイシアも後ろにいるお客様イリアも、多量の汗を搔いている事。

 アイシアが纏う不思議な空気に、レギンは。


「居間で待っていて、直ぐにあの人を呼んでくるから」


「は、はい!!」





 家が静かだった。

 普段の忙しさが噓のように、静寂の中で感じるのは、クラウの事だった。


(クラウさん……大丈夫よね。クラウさんの未来はえていないけど、不吉な感じは不思議とない……だから、きっと大丈夫。信じるしかないわ)


「待たせたね、アイシア。話があると、レギンに聞いたよ」


「おじ――いえ、村長。すみません、夜間に押しかけて」


 ミオとクラウの父、【豊穣の村アイズレーン】の村長ルドルフ・スクルーズ。

 頼りなかった若かりし頃の面影を、今もまだ言う人間は少なくなった。

 それほど、村長になってからの信は厚い。


 ただしそれは、昔からの住民だけだと……先程認識させられたが。


「いやいや、アイシアも娘のようなものだ。いつでも来てくれて構わないんだよ。レギン、お茶を頼む」


「はい、あなた。イリアさん……手伝ってくれるかしら、リアちゃんもね」


「は、はい!」

「はーい!」


 ルドルフは妻レギンにそう言うと、レギンはイリアとリアをともなって台所へ。

 配慮がうかがえた。


「……村長、率直に言います……」


「なんだい?」


「――今すぐに、村から避難してください。村人、全員で」


「……」


 空気が重くなった気がした。

 それは、この時期の収穫の大変さがもたらす、村への貢献の問題だ。

 農村であるこの村の収入源は、七割が【スクルーズロクッサ農園】である。

 残りは最近流通できるようになった酪農家らくのうかの牛、そして商人のディン・トルタンの店、そして宿屋だ。


「内容によっては、僕はアイシアを怒らないといけなくなる……そういう立場だと、分かってくれるかい?」


「はい。それを覚悟で言っています。もう直ぐ……いえ、もう始まっているんです。王国軍の、侵攻が」


「……侵攻?王国、【リードンセルク王国】がかい?この村に?」


「そうです。もう近くまで来ているはずなんです。クラウさんはその様子を見に行ってくれてて、あたしが話をしに来ました」


 ルドルフは、再び生やし始めた髭を触りながら考える。


「クラウはアイシアの言う事を、信じたという事だね?」


「はい、クラウさんもイリアもリアちゃんも、信じてくれました」


 アイシアは首元から下がる宝珠――【オリジン・オーブ】をぎゅっと握り。


「証拠はありません。でも……起きてしまってからでは遅いんです。今朝から何度も何度も村人に、移住者の方たちにも説明してきましたけど、残念ながら信じてもらえなくて」


「それは……まぁそうだろうね」


 まるで自分も信じていないと、そう聞こえてしまうような、そんな声音だった。

 折れそうになる心に、アイシアは何を思うのか。

 反対の手で、アイシアは腰のベルトに挿した、短剣の柄を握って思う。


 そして口にする。

 想いを、真実を、願いを。

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