8-42【豊穣の村侵攻作戦3】



◇豊穣の村侵攻作戦3◇


 テントに戻った聖女レフィル・ブリストラーダは、誰も入れない筈のその場所に、人がいるのを確認した。


「誰?」


「――あれあれ。知りません?僕は、こういう者です」


 まるで名刺交換。

 一枚の紙に書かれていたのは、その男の名。


「……で、何の用かしら」


「はい。実は聖女様に……お土産がありまして、クフフ」


 テントの奥に手を差し出す。

 そこはレフィルの寝所がある……そこに、一人の男が寝ていた。


「……あれは、死んでるの?」


「いえ、強靭きょうじんな体力と意思で、かろうじて生きています。もっとも、傷口が炭化しているおかげでしょうが」


「出血が抑えられたという事?」


「その通り。ラッキーでしたのこの男も……あんなバケモノと戦って、生きているんですから」


「バケモノ?」


「帝国の人間らしいですよ?確か……アシュとか呼んでたかなぁ」


 カルカの言う通りだったと、レフィルは思った。

 この場所は、国境の南西側……帝国領だ。

 邪魔が入るのなら、帝国の人間だとは考えていたが。


「この男、【リューズ騎士団】ね」


 鎧の徽章を確認して、レフィルは言う。

 軍行に【リューズ騎士団】がいないのはこう言う事だったかと、納得した。


「ええ。見事な物でしたよ、あの能力……綺っっっ麗に分断されていました」


「それでいなくなっていたのね。まぁ問題はないから放っておいたけど、でもあなた……仲間じゃないの?」


「とーんでもない。僕はこれでも戦いが嫌いなんですよ、昔からね」


「へぇ」


 男の言葉には興味なさそうに、レフィルは横たわる、息絶えたえの男……ゲイル・クルーソーを見下げる。


「――いい実験になりそうだわ……ふふっ」


 ニヤリと口角を上げ、良質な材料が手に入った事を喜ぶ。

 それに合わせて男も。


「クフフ。クハハッ……良かったですねぇ」


 ゲイル・クルーソーの微かに開く、両の瞳に映る二人は……もう完全に悪魔だった。





 男がテントから出ると、早速聖女が【奇跡きせき】をゲイル・クルーソーに与えているだろう……そんな光の輝きが、テントの隙間からこぼれていた。


「やれやれ、お盛んだねぇ。うわ、笑ってるよ……」


 別に【奇跡きせき】が性的という訳ではないが、それでも自分がいなくなった瞬間に実験を行うとは思わなかった。

 テント内から聞こえてくる奇妙な笑い声に、自分の目的が心配になる。


「こ、これは僕も急がないと、あの人・・・が被害に遭っちゃいますね……」


 それだけは避けたい。

 自分の目的は、あくまでも一人の女性……夢にまで見る、素敵な女性。


「あぁ……もう少しで会えます。会えますよ……レイン・スクルーズさんっ」


 赤く歪む夜空に、男……リディオルフ・シュカオーンは笑う。

 数年の想いを成就させる時が来たと。


「再会は炎の中、助けるのは昔に奴隷どれいとして会った男……最高だろ、僕の考えはさぁ……クフッ!クハハハハハ!!」


 思わず口元を押さえて笑いを堪えるが、吹き出す。

 炎がメラメラと燃え盛る異様な場所で、異様な転生者二人の笑いが、木霊した。

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