8-20【危惧2】



◇危惧2◇


 帝国侵攻部隊……と言うのは、裏の目的を達成する為のフェイクだ。

 何故ならば、各部隊……正確には聖女の部隊である【ブリストラーダ聖騎士団】と、ダンドルフ・クロスヴァーデン大臣が実権を握る【リューズ騎士団】には、それぞれ目的がある。

 皮肉を言えば、正規であるはずの軍隊、【王国騎士団・セル】には、何の大義も無いのだ。


「おい。何か……後ろが静かじゃないか?」


 そう声を上げたのは、【王国騎士団・セル】の一員である騎士の一人だった。

 後ろと言うのは、【リューズ騎士団】の事だ。


「そうか?前の奴らはやる気が感じられないし、そのせいじゃないのか?」


 隣の兵士が答える。

 前にいるのは【ブリストラーダ聖騎士団】、聖女の軍だ。

 更にもう一人の騎士が言う。


「いやいや、そんな事ないだろ。今回の遠征は女王陛下の命令だぞ?仮にも国民がいる前で、そんな露骨にだるい態度取らないって」


 今回の軍事侵攻の命令は、新女王シャーロット・エレノアール・リードンセルクが出したものではあるが、大きな大命と言う訳でも、王国繫栄に善処する使命でもなく、ましてや世界征服などと言った大それたものでもない。


「けど、おかしな命令だよなぁ」


「何がだよ、今まで大人しくしてたんだ……磨いた剣技を試せるいい機会だろ?」


「向かってるのって、【サディオーラス帝国】の森林区って話だけど……近くに最近話題の村が無かったか?」


「あ~知ってる。野菜が美味いって聞いた」


「じゃあそこを【ステラダ】の代わりにすんのかな?」


「だろうな。それにしても気持ちのわりぃ奴らだな……前の騎士。喋らねぇし、疲れも見せずに歩き続けてよぉ」


「この前の徴兵ちょうへいで集められた一般人もいるんだろ?捨てたもんじゃねぇよな、【リードンセルク王国】も」


 聖女の兵である、徴兵ちょうへいによって集められた志願兵……と言う名の傀儡かいらい、操り人形たち。

 その実験の最終段階に、戦闘訓練が必要だった。


 それが、【王国騎士団・セル】の騎士たちが言う森林区。

 【豊穣の村アイズレーン】がある、森と山に囲まれた自然環境の豊かな場所だ。


「一般人がここまで動けるかよ。【王都カルセダ】から休みなしで先行してたんだぞ?それでここまで動けるって……バケモンだろ」


「あれだろ?聖女の奇跡。聖女様の加護が受けられるなんて、幸せじゃねぇか」


「バッカ、やめとけ……聞いた話だと、ヤバいらしいぞ?」


「何がだよ」


 騎士の一人は周りに聞こえない様に、耳打ちをする。


「……前団長……聖女様に鞍替えしたのは有名な話だろ?」


「お、おう」


 【王国騎士団・セル】の前団長……アレックス・ライグザール。

 彼は現在、聖女の騎士団の団長なのだ。


「あの御堅い団長が、聖女様の言う事には一切逆らわないんだ……何でも、聖女様の寝室に入る所を、当直の兵が目撃しているって話だ」


「マジかよ……羨ましい」


「バカッ!それがやべぇんだろ……正規の軍から簡単に鞍替えなんて、普通出来るかよ!一応は聖女の騎士団は下部組織だぞ?」


 聖女の言いなりとなり、見事なまでの駒として働く従順な騎士たち……聖騎士と聞こえはいいが、誰一人として自分の意志を持たない、最悪の兵器だ。


「じゃ、じゃあ……後ろの【リューズ騎士団】は?」


「あいつらは、新しい財務大臣のお気にだろ?今回は合同訓練って話だけど」


 一方で、軍行の後方に就いた【リューズ騎士団】には、ダンドルフ・クロスヴァーデン大臣から直接的な命令が与えられてる。

 今、騎士が言った様な事ではない、もっと大切な命令が。


「それにしても大人しいよな、三ヶ月前は、あんなに偉そうだったのに」


「た、確かに」


 ミーティア・クロスヴァーデンの保護……それが【リューズ騎士団】の絶対的な命令であり、【王国騎士団・セル】にも【ブリストラーダ聖騎士団】にも逆らわない理由だ。


「ん?」


「どした?」


 騎士の一人は目を擦る。


「いや……なんか、後ろの部隊が揺れたような……疲れてんのかな?」


「疲れるほど仕事してねぇだろ、気のせいだって!んはははっ」


 気付く余地も、知識も無かった。

 揺れたのは空間……ライネ・ゾルタールの遮断しゃだんによって、【リューズ騎士団】が普通に歩いていると言う認識を与えられたのだった。

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