サイドストーリー7-3【泣きたいライネ】



◇泣きたいライネ◇


 【豊穣の村アイズレーン】、エルフの里【フェンディルフォート】。

 それぞれの場所で過ごす面々だが、少し前まで彼らの拠点でもあった場所……【リードンセルク王国】でも、小さな物語はあったようだ。


 では、その小さな物語。

 不憫ふびんな少女の一日をご覧頂こう。




 数日の旅を終えて【ステラダ】に到着したその日、悲しいかな行き場を失くした二人の少年少女がいた。

 その二人組は現在、【王立冒険者学校・クルセイダー】の寮前。

 そこで、門番の騎士とひと悶着中である。


「えー?何でっすか、いいだろ別に!」


 門番に食って掛かるのは黒髪の少年。

 転生者ユキナリ・フドウだ。


「――駄目だ。学生寮への立ち入りは禁止されている」


 そして対応する門番は、名も無き一般兵。


「自分の部屋なのにぃ?」


「駄目だ」


 ユキナリ・フドウは門番を務める青年騎士に凄むが、騎士は相手にしない。

 自分の仕事をを全うしているだけだが、これが辛いところ。


「――せめて荷物は回収できませんか?」


 ユキナリ・フドウの隣から声を掛ける緑髪の少女。

 長い前髪の下から覗く眼光は、騎士を品定めしているようだ。


「駄目だ」


「……」


「マジかよー」


 後ろを向いて頭に手を持って行き、気に食わない様につぶやくユキナリ。

 緑髪の少女、ライネ・ゾルタールはその服の裾を引っ張り「あんたの物でしょ!」と小声で怒る。


「駄目だ」


(この騎士、これしか言わない……なら)


 ライネは少し考えて。

 「中に入ってもいいですか?」と問う。

 すると騎士は。


「――駄目だ。学生寮への立ち入りは禁止されている」


 その言葉のやり取りに、ライネは気付いた。


(やっぱり、同じことしか言わないわね。まるで機械だわ……かぶとの奥の目も、死んでいる気がする)


「分かりました、それじゃあ諦めます。行きましょう、先輩」


「ん?おう」


 こうしてその日、ユキナリたちは学生寮の自室へおもむくことも無く、結果宿無しとなった。


「……仕方ない、宿泊まるか!」


「それしかないですね」


 広い【ステラダ】には宿が数ヶ所ある。

 二人が向かうのは、宿屋【月の猫亭】……手ごろで安い、学生でも入りやすい宿として有名な場所だ。


「いらっしゃいませにゃー♪お二人様ご案なーい」


「ネコミミだ……」


「うお、獣人だぞライネっ!帝国ではあまり見ないなっ!な!」


「ちょっと……声」


 大きな声で、周囲にも聞こえるだろう。

 ライネは恥ずかしい気持ちを抑えて、カウンターへ行く。


「えと、滞在は長くなりそうなのですが、支払いの方は……」


「はーい、先払いで三日分頂きますねー。その後は一日分ずつ追加にゃ!」


「三日分ですね。先輩、お金」


「おう」


 金の管理は、旅のリーダーであるユキナリ・フドウだった。

 自分が管理した方が確実だとライネも思っているし、今回の旅を指示した面々も思っている事だろう。

 しかしこの世界で生まれた、前世の記憶を持たない転生者であるユキナリには、なるべく学びを与える……それが【女神エリアルレーネ】からのお達しだ。


 もたもたするなぁ……とライネは後ろを向く。

 すると、ユキナリは。


「なぁライネ」


「なんです?」


 彼は満面の笑みだった。

 どんな事を言うのかと、ライネも従業員も思った事だろう。


「――財布……落としたっ」(てへっ)


「は?」

「にゃ?」


 その瞬間、帝国から長い時間を掛けて旅してきた二人は……無一文になったのだった。いや、実はもう結構前からなっていたのだった。




 宿の外に出たライネは、開口一番に怒鳴る。


「――信っっじられないっ!!何やってるの!?」


「仕方ねぇだろ、落ちちまったもんはさぁ」


 暗い先行きが分かってしまうほどのミスに、ライネも往来なのを忘れて怒鳴っている。通行人がちらりとこちらを見るが、気にせず。


「どこでっ!!」


「森だろうなぁ……多分」


 多分で探しに行けるわけがない。


「け、結構前じゃない。あーもう、最悪な展開……」


 宿を出たすぐの道で、馬車がガラガラと音を立てて走り去っていく。

 それがなんだか馬鹿にされている気がして、ライネは無性に腹立たしかった。


「パンがあってよかったなー、かはは!」


(なんで暢気のんきに笑えるのよっ!この……ボケナスがぁぁぁぁぁ!)


 ユキナリの底なしの能天気に、ライネはもう我慢の限界だった。

 もう先輩と思うのはよそう、戦闘で頼もしいと思った事も忘れよう。と。

 自分が先導するしかない、それしか、今任務を達成するすべは無いと。


「――ん?あれ……婆ちゃんどうした?」


「……ちょ!考えてるそばからぁぁ!」


 目に見えた物を追いかける、まるで子供だ。

 駆け出すユキナリの背を追い掛けるライネ。

 その背は……哀愁あいしゅうにも似た何かがはっせられているような気もした。


「え、あれ!?ど、どこ行ったのよ、あの馬鹿っ」


 ライネは速攻でユキナリを見失った。

 おばあさんを抱えて、ジャンプしたところまでは確認済み。

 問題はその後だ。


「あーもう!!どうしてこんなに自分勝手に動ける訳っ!?なんでエリアルレーネ様はこんな男がいいのよっ!」


 自分たち……帝国の転生者を転生させたのは、【女神エリアルレーネ】。

 何か目的があり、自分が転生させた転生者たちを集めた。

 ライネ・ゾルタールもその一人。勿論ユキナリもだ。


「――おーい!ライネっ、何やってんだよ、こっちこっち!」


「……」(イラッ)


「ほら、さっきの婆ちゃん……旦那さんを無くしてしばらく経つから、この街を引っ越すんだってさ!だから、北の方にある前の家なら使って良いってよ!やったな!!」


「は、はぁ?」

(なに?何が起きてどうなったの?)


 展開がまったく読めないライネ。

 ユキナリの行動はいつも突飛だが、今回はまるで動物だ。

 いきなり消えたかと思えば、こうして成果を持ってくる。

 その成果がいいものかは……この時のライネは知らないが。


「使うって……代金はっ!?」


「要らねぇってさ」


「そういう訳にもいかないのっ!もうっ!!」


 善意を受けていてばかりではだめだと、これは前世からの教えだ。

 甘えてばかりだと、やがて自分では何も返せなくなると、恩師が教えてくれた。

 だからライネは教えを守る。


「そのおばあさんはっ!?」


「えー、良いって言ったって」


「――ダメ!!」


 やり取りが、まるで子供と親だ。


「ちぇっ……あっちだよ。東口の方」


「連れてって!せめてお礼しないと!道具売ってでもお金……払いたいけど」


 無一文な以上、ライネがこの街で冒険者として活動も出来ない。

 ライネには冒険者ライセンスがないからだ。

 【王立冒険者学校・クルセイダー】が封鎖、【ギルド】も機能していない。

 だから金を稼ぐには、真っ当に仕事をするしかないのだった。


「早くっ!!」


「分かったって、怒んなよ……」


 そうして、二人は老婆に古い家を格安(実質無料)で譲って貰うのだった。

 まさか屋根も壁も穴だらけ、設置されていた湯が出る魔法の道具も壊れていて、地面が見える家だとは知らずに。

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