第7章サイドストーリー【各自のお仕事】

サイドストーリー7-1【片隅に残る言葉】



◇片隅に残る言葉◇


 ここは【豊穣の村アイズレーン】……山と森に囲まれた、自然豊かな農村だ。

 近頃名を知られ始めたこの村には、女神が在している。

 【女神アイズレーン】。村を起こした張本人であり、転生者……ミオとクラウの転生させた豊穣の神だ。


 そしてこれは、ミオ・スクルーズ一行がエルフの里【フェンディルフォート】に向かい、辿り着き、過ごしていた時を同じくした小さな物語。

 ミオの姉クラウの、村でのひと時だ。





 これは、アイシアが初代アイズレーンの詳細を話した次の日。

 考える事だらけ、悩ましい事だらけの私……クラウ・スクルーズに降りかかった悩みの一つ。

 何事も、誰もが投げ出してはいけないものの一つ……仕事をしていた時のお話。


 私が村で出会った、とある転生者とのお話だ。


「……はぁ……これでいいんです?」


 ため息をきながら、私は着ている服を見せる。

 両手を広げ、全身が見えるようにくるりと一回転。

 スカートがひるがえり、ニーソックスとの境界線が露わになるそんな服。


「――ええ!ええ!すぅぅ~~~~んばらしいぃぃ~~~~わぁ!」


「……」(いきおいにドン引き)


 鼻息荒く興奮気味に、私の着る服を観察する。

 私が着込んでいるのは宿、【豊穣亭ほうじょうてい】の制服だ……地球で言うウェイトレスの衣装。

 そんな姿を絶賛する女性……この人は。


「ね、ねぇベラさん……あなたの中身、男性・・なんですよね?」


 転生者、ベラ・イダソーン。

 少し前に村に引っ越してきた、【サディオーラス帝国】のとある町からの移住者であり、戦闘力を持たないサポート系の転生者さん。年齢は不明。


 私の質問に、ベラさんは唇に指をあてがわせて。


「ん~?そうよ、アタシは元・男!でも女神さまのおかげで生まれ変わって、こんな美女になったのよ!!鬱陶うっとうしかった髭も、股間に垂れ下がる○○○もないわぁぁ!むはぁぁぁぁん!」


 伏字も無意味の大音量で叫ぶ。

 見た目は完全に女性なので、余計に異常な感じが出ている。

 そして私は。


「……」(発言にドン引き)


 私は今、どんな顔をしている?

 この人の暑苦しさに、ムッとしているのではない?

 だから私はそれを紛らわすように、自分をまとう可愛いウェイトレス服に触れる……逃避だ。


「そ、それにしても見事ですよね、この服」


 しかしそれが裏目に。

 この人にとっては、それが何よりの誉め言葉だったからだ。


「はぁぁぁぁぁぁん!!――そぉぉぉうでしょぉぉぉう!?これが、このアタシ!ベラ・イダソーンの能力……【無縫むほう】!!」


 よく分からないポーズを決めて、自慢げにみずからの能力を吐露とろするベラさん。

 見た目は完全に綺麗なお姉さんなのに……ギャップがえぐいのよ。えぐすぎて頭が痛いわ。


「えっと……魔力で衣服を生み出せる。しかも完成品の状態で、ですか。便利ですね」


 裁縫さいほうや面倒な手間を一切かけず、何もない所からこんな服を生み出す力。お店開けばいいのにね。

 でもこの村に来てくれたのなら、近い将来が楽しみだわ。


「でっっっっしょぉぉぉう~!?最っっ高なのよアタシの能力!昔は、女になりたくてもなれない時代……たっくさん差別されたわ!でもアタシはこうして、本物の女になれた!心だけじゃなく、身体もぉぉ!!」


 私の手を掴んで熱く語るベラさん。

 私はそのいきおいに思わず仰け反る、ほぼエビ反りだった。


「き、気持ちは分かりますけど……暑苦しいです!」


 この人は、前世で大変だったのだろう。

 心は女性で生まれたけど、身体は男だった。

 でも、環境が整わず、男のまま生涯を終えた。

 そして転生した……性別的に、完全な女として。


「クラウちゃん!!どんどん着て頂戴ねっ!望むものなら何でもござれ!アタシはこれでもデザイナーとして生きてきた経歴があるの!レトロな服から最先端まで!網羅して見せるわぁぁぁぁ!伊達に八十九年あっちで過ごしてねぇんだよ!!」


 男出てますベラさん。


「き、着ます!着ますから離れて下さい!……私も仕事しなきゃなんで!」


 そうやって会話をしながらも、私は着々と準備をする。

 今日は仕出しの準備、いわゆる出前ね。

 【スクルーズロクッサ農園】の野菜を使った、野菜炒め弁当。

 元々は宿の食事で提供をする予定だったのだが、これがお客様に大変好評で、持ち帰りたいとお言葉が多数……その結果、お弁当として販売するのだそうよ。


 私は尚も迫ってくるベラさんの肩を押して、作業に戻る。

 今世では女性だとしても、前世で長年我慢して男性として生きてきた歴からか、どことなく男性っぽさが勝っている気がする。折角の美人さんなのに。

 仕草とかは完全に女性なんだけどね……何故か違和感が。


「むぅぅぅん、残念だわぁぁ!!……あ!そういえばクラウちゃんのお友達」


 思い出したかのように指を顎に持って行き、ベラさんは言った。


「はい?イリアですか?」


「あ~そう!イリアちゃん!!彼女もいいわよねぇ……スタイル良くて洋服映えするから、彼女も転生者なの?」


 まぁ私と一緒にいればそうなるか。

 私は否定する。仲間ではあるけど。


「いえいえ、違いますよ。あの子は正真正銘、この世界の人間……じゃなくてエルフですけど」


「そ~なんだぁ。なんだかアタシたちに関しての了見が広いから、もしかしたらって思ったんだけど。それにしてもエルフさんは美人なのねぇ」


 イリアは確かに考え方が広いわよね。私もそう思う。

 このベラさんと初めて会話した日も……すぐに受け入れていたし。

 許容範囲が大きいのかもしれない。


「あの、ベラさん」


「なぁに!?」


 ギュン――と顔を向けて来る。いや、圧。


「ベラさんは、何でこの前……私と初めて会った日の事ですけど、どうして自分から進んで、転生者だって言ってたんですか?」


 この人は、この村に越してきて直ぐに周囲にしゃべっていたそう。

 自分は転生者で、元・男だと。

 当然ながら村出身の人も、他から越してきた人も、大概が信じないわ。

 少しだけ頭のおかしい、服好きの女性と思われていたらしいけど。


 例外は同じ穴のムジナ……転生者だ。


「なんでって言われてもねぇ……けどクラウちゃん、貴女あなたも言ったわよね?『私も同じです』って。それにほらアタシ、戦闘には不向きじゃない?」


 いや、知りませんよ。

 でも、言ったかも……というか言った。


「それはまぁ、ベラさんなら大丈夫って思ったからで」


 それは本当だ。

 謎の安心感と包容力。

 それがこのベラ・イダソーンと言う女性(前世男性)にはあった。


「あら嬉しい」


 ニコリと笑う。

 本当に綺麗なのに。


「でもベラさんって、種族は魔族ですよね……」


「うん?そうね、魔族ね。だけど戦いって怖いし、死にたくないじゃない?いくら魔力が高くても、アタシ非戦闘員なのよ、怖いし、怖いし、怖いしね?」


 それはそうだけれど。ここは異世界よ、いつ死んでしまうか分からないわ。


「アタシはねクラウちゃん……楽しくやれればそれでいいのよ。念願の女の身体に生まれ変わって、大好きな服を作って、誰かが笑顔になる……それだけでいい」


「……ベラさん」


 ハッとさせられた。


 そうか……そういう考えもあるんだ。

 危険な異世界って言っても、各々おのおのの持つ感情は沢山あって。

 それぞれやりたい目的が違って、生きている。


「いいですね、私もそう出来ればいいんですけど」


「きっと出来るわよ」


 私には、今の所そんな考えは持てそうにない。

 来月で十八才……考えは昔から同じ。

 でも、立場は違う。


 元々ミオ……武邑たけむらくんを探す為に転生した私の物語は、一度は再会して終わった。それでも、私は彼の力になりたい。

 彼女たち……アイシアやミーティアの力になってあげたいと思った。


 だから私に、休んでいる暇なんて……ないのだから。


 ベラさんの語る理想を、私もいつかそうしたい。

 そんな思いを心の片隅に抱きながら、私は与えられた仕事を全うするのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る