7-90【求める物とは3】



◇求める物とは3◇


「失礼します」


 深く礼をし、武家屋敷の中へ足を踏み入れるミーティア。

 その後ろからはジルリーネが、従者らしく扉を閉めていた。

 その様子を見て、エルフの女王ニイフは思う。


(仕える者を見つけられるのは、いいことです)


 王女とあれど、我が娘の成長を目覚ましく感じる。

 既に正式な国ではなくなった【パルマファルキオナ森林国】、女王や王女などという肩書も、他では通用しないのだから、王女たるもの……などといった考えは当の昔に無い。


「いらっしゃい、ミーティア」


 ミオの事は殿と呼ぶが、ミーティアは呼び捨てだ。

 それは何故か。


「この度は、ジルリーネ様の依頼への同行……許可して頂き――」


「うふふ、いいのよ堅苦しくしなくても。貴女あなたもわたしにとっては娘みたいなものですもの」


「?……そ、そんな……恐れ多いですっ」


 恐縮し、あわあわとするミーティア。

 そんなミーティアを微笑ほほえましく見ながら、ジルリーネは。


「ははは、それではお嬢様はわたしの妹ですねっ。しかも王女ですねっ」


 と冗談めかす。


「――ええっ!?」


 冗談と理解していながらも、当然おどろく。

 しかし、ミーティアも嬉しくない訳ではない。


「こ、光栄です。陛下……ジルも、ありがとう」


 ミーティアに兄弟姉妹はいない。

 だからこそ嬉しかった。感じた事のない、家族のカタチを与えられて。


「さぁ……ミーティアこちらへ。貴女に、ご加護を」


「――はい」


 出発前最後にやるべき事。

 エルフの地にて、その活動を許可する……それはつまり、エルフに認められるという事だ。昔だったなら、それは最高の栄誉えいよでもある。


 ニイフ女王は、自分の隣にやって来て座るミーティアの額に、みずからの額を付けた。


「ミーティア・クロスヴァーデン……貴女に、このエルフの地……全土での活動を、ニイフ・イルフィリア・セル・エルフィンの名において認めましょう。それと同時に、真名を……授けます」


「……え」


 真名。それは単純明快……真実の名前という意味だ。

 ミーティアの名は、クロスヴァーデンと言う家名があるが……その意味とは。


「――ネビュラ。この名を授けましょう」


「ネビュラ……」


 額を離すと、ミーティアは泣きそうな顔で女王を見ていた。

 そんな幼子のような少女を撫でながら、女王は。


「ジルリーネちゃん、貴女あなたは何かいいのなぁい?」


 今度は実の娘にも、ミーティアに名を授けさせようとしていた。


「……そうですねぇ」


 しかも乗り気である。


「――グレイシャーなどどうでしょう」


「はい決まり。ではミーティア、今日から貴女あなたは……ミーティア・ネビュラグレイシャーです」


「え、え、え??」


 困惑は止まらない。

 名を授けると言う事自体がエルフ族の儀式であり、人間である自分に適用されるのかと、頭上にいくつもの疑問符を浮かべて困り顔である。


「さぁ、お行いきなさい……自分の力を、試しに」


「行きましょう、お嬢様」


「……」


 あっけらかんとしたその空気に、とうとう言葉を無くす。

 しかしこれは……自分にとっても、きっとミオにとってもいい事なのではないかと思うミーティア。


「感謝します、エルフの女王陛下、そして王女殿下……私は、その名に恥じないよう、その名を裏切らぬよう……生きますっ」


 こうして、ミーティアは完全にクロスヴァーデンと言う名と決別した。

 エルフの加護を受け、後ろ盾を得て。

 強く……美しく、広大な……星雲の氷河ネビュラグレイシャーと言う名になって。

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